アクション映画「Miss Bala」気になる海外メディアの評価とは?

俳優が仕事に対するコミットメントを直接的に示すのに、最も有効な手段とは、ずばり、娯楽アクション映画への出演でしょう。

それは、用意された脚本に応えるだけの、フィジカルコンディションをあらかじめ整える必要があるからです。特に若い世代の俳優達にとっては、自分の存在を売り込む格好の部隊ともいえます。

まぁ、ハリウッドのメジャー作品に主演するためには個人の努力だけでは足らず、オーディションの段階で、容姿などがプロデューサーのおめがねにかなうことも重要。

そんなこんな、諸々のことが上手くシンクロして、今回ご紹介する映画「Miss Bala」の主演に抜擢されたキューティ&ビューティな女優さんが、ここでのジーナ・ロドリゲスです。

この作品は、メキシコ人監督ジェラルド・ナランホが2011年にリリースした犯罪映画を、キャサリン・ハードウィックの演出でハリウッド化したもの。

メキシコとアメリカの間にある(あの)国境をまたぎ展開する、麻薬カルテルvs.合衆国麻薬取締局の攻防に巻き込まれたナイーブな女性をロドリゲスが演じる、そんな犯罪スリラーについての評価をご紹介します。

予告編と作品基本情報

  • タイトル:
    • Miss Bala
    • ミス バラ
  • ジャンル:
    • アクション
  • 日本公開:
    • 未定
  • 制作:
    • 2019年
    • Canana Films
    • Misher Films
    • Sony Pictures Entertainment (SPE)
  • 監督:
    • キャサリン・ハードウィック
  • 脚本:
    • ガレス・ダンネット・アルコサー
  • プロデューサー:
    • アンディ・バーマン
    • ジェラルド・ナランホ
    • ジェイミー・マーシャル
    • キャサリン・ハードウィック
    • ガレス・ダンネット・アルコサー
  • 出演:
    • ジーナ・ロドリゲス
    • クリスティーナ・ロドゥロ
    • イズマエル・クルズ・コルドヴァ
    • マット・ローリア
    • アンソニー・マッキー…他

あらすじ

彼女の名前はグロリア・フェンテス(ジーナ・ロドリゲス)、ロスでメイクアップアーティストの仕事をしている若い女性です。

西海岸のこの大都市が、いかに娯楽の都と呼ばれていようとも、1人の女性が業界で公平に認められるのはたやすい事ではありません。

そんな中でも、グロリアはなんとか頑張っている状態。

さて、そんな折、メキシコにいる親友から、グロリアの下にある知らせが入ります。スズ(クリスティーナ・ロドゥロ)というこの友人、近く、ミスコンに挑戦することが決定したというのです。

ならば、メイクアップのプロである自分がサポートになろう、ということで、グロリアは国境を越えメキシコ入りしました。

久しぶりに落ち合った2人は、もちろん場末のバーに出向き、はめをはずそうとします。その時、事件が起きました。

銃で武装した一団が突然店に乱入し、あろうことかスズとグロリアを拉致してしまったのです。どうやらスズは、地元の麻薬組織にとって都合の悪い何かを知っているようです。

しかし、組織のリーダーであるリノ(イズマエル・クルズ・コルドヴァ)は、グロリアがアメリカ国籍を持っている事を知り、新たな利用価値を見出します。

彼が、初めにグロリアに強要したのは、火薬を満載した車をメキシコ内にある合衆国DEAの拠点まで運転させ、内部にいるエージェントともども吹き飛ばすという暴挙でした。

車を降りた彼女の目前で、リノは冷酷にも爆弾のリモートスイッチを入れます。

そして次に彼女が強制されたのは、パスポートを利用しての現金密輸作業。しかし、アメリカ国内に入ったところで彼女はDEAに逮捕されてしまいます。

この操作の担当になったのは、エージェントのブライアン・ライク(マット・ローリア)。

これは強要されて行ったことで、メキシコでは自分の親友が組織に捕らわれたままだ、と主張するグロリアの言葉を、確信はないながらも一応信じたライク捜査官。彼女に、DEAの駒となるように要請します。

かくして、国境をまたいで展開する麻薬戦争の真っただ中へ放り込まれたグロリア。

親友を助け出し自身も生き延びるため、1人の若い女性による、全身全霊をかけた戦いが始まります・・・。

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映画「Miss Bala」:気になる現地メディアの評価は?

この作品、制作過程の手綱を引いたのはソニーピクチャーズなので、「悪いやつらは皆メキシコ側から来るんだぜ」と言う、今流行りの考えを映像で具現化した、というわけではないと思います。

この話のメインコンセプトは、本人が想像もしていなかったヤバい状況に放り込まれたジーナ・ロドリゲスが、襲い来る危機をいかに跳ね除けてゆくかという、1つのヒロイズムでしょう。

映画としては、かなりストレート、というか、軽い出来の娯楽作品かも知れませんが、各所から出ている批評を読むと、ロドリゲスの仕事振りについてはさほど辛辣な事も書かれていないようです。

時々、とても童顔に見えるのが彼女の魅力の1つでしょうが、その実、1984年生まれの立派な女優さんでもあります。

では、ジーナ・ロドリゲス主演の映画「Miss Bala」についての評価を、3つほど見て行きましょう。

評価1:ヒロインの置かれた状況より、制作側の方に問題が!?

まず最初は、The New York Timesからの評価です。

ある種のニュアンスが込められていた、この作品のメキシコ版オリジナルと比べ、ハリウッドナイズされてしまった今回の作風について、(いつも通りに)否定的な内容が書かれています。

【The New York Times】

Gina Rodriguez Finds the Wrong Place at the Wrong Time

「まずい時にまずい仕事を受けてしまう、ジーナ・ロドリゲス」

This version, in the dreariest Hollywood-remake tradition, turns a grim, morally ambiguous story into a fable of empowerment. That might be kind of fun if it didn’t feel so tired and timid. Rodriguez shows a little spark early and late, but mostly she is stricken, scared and shut down. Which is understandable given the character’s predicament, but the movie itself exists in a similar state.

「ハリウッドが良くやるダメなリメイクの、その最たるものの一つであるこのバージョンでは、モラルの両義性を冷酷に描いていた一つのストーリーを、エンパワーメント系のおとぎ話に作り替えてしまった。それも、作品自体が煮え切らず退屈な感じを発しなければ、一種の娯楽として成り立ったことだろう。冒頭および後半の部分では、主演のジーナ・ロドリゲスは光る所も見せるとは言え、殆どの場合、彼女は打ちのめされ傷つき、そしてへこんでいるだけである。まぁ、彼女がおかれた危機的状況を思えば、これも理解できる要素であるが、映画(の制作過程)そのものも同じような状況に立ってしまっては問題である。」

The fact that nearly all the characters are Mexican or Mexican-American hardly lessens the sense that we are watching a parade of caricatures and clichés. The denouement suggests we are also watching the first episode in a franchise, but even that, while ridiculous, hardly seems shocking.

「実際、殆どのキャラクターをメキシコ人かメキシコ系アメリカ人にしたところで、この映画が風刺と陳腐さの行列であるかという印象を、弱める事はできていない。まぁ、クライマックスの場面からは、これがシリーズの第一作に位置づけらそうだとの感想を得るだろう、それがいかにばからしいとしても、(何時も通りに)これまた驚くこともないのだ。」

評価2:ジーナ・ロドリゲスにはより良い作品を

次は、The Seattle Timesが寄せた評価です。

「Jane the Virgin」などのTVシリーズでジーナ・ロドリゲスの魅力を知った、という人にとっては、間違いなく興味を引かれる作品であるのが、この「Miss Bala」でしょう。

ここでは、少なくとも、そんな彼女の良さが感じられはする一作だ、といったような印象の批評になっています。

【The Seattle Times】

Gina Rodriguez makes the rote ‘Miss Bala’ mildly interesting

「さして新しくもない“Miss Bala”の中、少しだけ関心を引くのはジーナ・ロドリゲスの存在である」

You see Gina Rodriguez’s infectious, light-up-the-sky smile only a couple of times in “Miss Bala,” and it’s just enough to make you wish that she were in a different movie.

「ジーナ・ロドリゲスの、空を明るく照らすようで、こちらもつられてしまうような笑顔は、この映画“Miss Bala”ではほんの数階見られるだけである。そのことは、彼女にもっと違う映画へ出て欲しいと、あなたに感じさせるのには十分であろう。」

“Miss Bala” isn’t terrible, as movies released at this time of year tend to be; Rodriguez does just enough to keep things mildly interesting, particularly a fleeting moment near the end where Gloria’s required to fake an emotion. (Rodriguez does it the way Gloria would do it — i.e. not very well — but doesn’t overplay things; it’s an elegantly layered bit.) But you watch it wishing it were something else, and looking forward to seeing Rodriguez shine in something better.

「一年の内、今のような季節にリリースされるものとしては、この“Miss Bala”は酷い作品ではない。そして、作品への関心を維持するための基本的な役割を、ロドリゲスが演じてもいる。例えば、終盤に差し掛かった所で、彼女に感情を取り繕うことが求められる場面などがそれである(ロドリゲスは、劇中のグロリアに想定される通りの形で、それを演じてみせる、つまり、素晴らしい演技でもないのだが、やり過ぎていない所が良い点ともなっており、そのことの多層性がエレガントなポイントになっている)。そして、観客は依然として、そこに別の何かを求めてしまうはずであり、ロドリゲスが、他の良い作品の中で輝きを放つ時を、楽しみにも感じることだろう。」

評価3:ハリウッドが作ると、やはりこうなる

最後は、Varietyからの評価です。

ハリウッド自体が巨大産業であるので、結果、それが前衛的であれるはずもなく、通常作られるメジャー作品群は保守的にならざるを得ません。

特に、その題材が娯楽作品の場合は、派手な暴力を描いていても本質は小さくまとまっていたりするでしょう。

そんな性質は、やはり批評家の目からすると一言呈したくなる部分のようです。

【Variety】

This by-the-book Hollywood remake of the 2011 Mexican art-house movie transforms a passive victim into a new kind of empowered action heroine.

「2011年メキシコ製アートハウス映画のハリウッドリメイク版では、受け身の犠牲者が立ち上がりアクションヒロインになるという、教科書通りの一作になった。」

Of course a movie like “Miss Bala” would have caught Hollywood’s attention.

「もちろん、(オリジナルの)“Miss Bala”のような映画は、ハリウッドの関心を買うはずの作品であった。」

Instead of sensationalizing the action, director Gerardo Naranjo made it exponentially more impactful by plunging an innocent woman into this out-of-control situation, letting realistic scenes of violence play out at a distance, often in a single shot. Now, if you want to see exactly the kind of movie “Miss Bala” seemed to be reacting against — one that transforms a victim into a kind of undercover vigilante, and surrounds her with flashy camera moves and explosive set-pieces — look no farther than Sony’s big-budget, PG-13-rated remake, directed for maximum excitement/empowerment by “Twilight” helmer Catherine Hardwicke. In theory, that’s what most audiences probably hoped to get from “Miss Bala” in the first place, and Naranjo knew what he was doing by denying them that.

「その監督であるジェラルド・ナランホは、どぎついアクションの代わりに、1人の無垢な女性を制御不能な状況に放り込む事で、作品のインパクトを加速度的に演出してみせた。そして、リアルな暴力シーンは、しばしばシングルカットを用いつつも、やや離れた目線で描き出すようにしていたのだ。もし今、あなたが“Miss Bala”があえて行わなかったタイプの映画(たとえば、犠牲者の立場から私的制裁人に変身したり、その彼女が炸裂する場面の中を進むのを、派手なカメラの動きで負ったりするもの)をお望みなら、本作のように、ソニーが出した大型予算とか、PG13のレーティングとか、“トワイライト”をつくった監督キャサリン・ハードウィックが操る、最大級の興奮とエンパワメントが揃っていれば、申し分ないはずである。普通に考えれば、本来そういった要素は、観客がこの“Miss Bala”のような映画に求めているものであるわけで、同時に、オリジナル監督のナランホが、あえて取り組まなかった事でもある。」

Most audiences won’t know or care that this is a remake, however, which means Hardwicke’s approach is pretty much how the Hollywood version had to go down.

「そして、殆どの観客は、本作がリメイクであるとは知らないか、本来、気にもしていないだろう。それは、ハードウィックの演出手法は、ハリウッド版リメイクが必ず陥る道を、ほぼそのまま踏襲した結果とも言える。」

Instead, screenwriter Gareth Dunnet-Alcocer has dashed off what feels like back-to-back episodes of a show like “24,” piling up one nail-biting situation after another in which Gloria must rely on her wits to stay alive.

「とは言え、脚本家のガレス・ダンネット・アルコサーは、“24”を思わせるような、いくつかの背中合わせのエピソードを、ここに書き加えている。主役のグロリアが、生き残るために知力を振り絞るという緊迫の場面を、次から次へと繰り出してみせてくれるのだ。」

新たなアクションヒロインの活躍を見逃すなっ!

現在(2019年2月時点)のところ、本作「Miss Bala」の日本公開時期は未定です。

ただ、国によって違うものの、ソニー、コロムビア、UIP、ユニバーサルなどが配給を行っているので、それなりにメジャーな扱いを受けている一作ともいえそう(デジタル配信は、とりあえず行っていないよう)です。

ドラッグカルテル、DEA、地続きの国境など、我々のような一般日本人にとっては対岸の火事みたいな話ですが、それだけに、上映するためのハードルは高くもなさそうに思います。

ジーナ・ロドリゲスの活躍が、日本でも大スクリーンで見られるといいですね。

それではまたっ!

参照元
The New York Times
The Seattle Times
Variety

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