映画「タリーと私の秘密の時間(Tully)」:家事に燃え尽きるシャーリーズ・セロン

予告編と作品基本情報

全世界の主婦&主夫に捧ぐ!?映画「Tully」

映画というものは、一種の贖(あがな)いで、カタルシス(浄化)でもあります。それ故に、そこで活躍する人物には、並ならぬカリスマ的魅力が備わっていないといけません。

今時の主役級俳優の中では、多くの意味でキレのあるシャーリーズ・セロンは、そんなカリスマの代表格の一人だと言えます。

これまで、東西冷戦の狭間で活躍する女エージェントや、ファンタジーの国の冷たい女王、はたまた連続殺人を犯す娼婦から宇宙飛行士まで、あらゆるシゲキ的役柄を演じてきた彼女は、今やハリウッドを動かすエンジンの一つです。

そんなセロン姉さんが、一番最近に取り組んだ役どころ、それがなんと、「家事に疲れ果てた一人の既婚女性」。そう、今回ご紹介する映画「タリーと私の秘密の時間(Tully)」は、生活にも人生にもくたくたになったシャーリーズ・セロンが見どころの一つになっている、そんな映画のようです。

家族への愛ゆえに、自分自身をすり減らし見失ってしまった女性。しかし、一人の若い乳母が彼女の元にやってきた時から、少しずつ何かが変わり始めると言うのですけど、一体何が起こるんですかね?

映画『タリーと私の秘密の時間』:あらすじ

言ってみれば、マーロ(シャーリーズ・セロン)はスーパーママ。

彼女は、人が良く稼ぎもそこそこな夫ドリュー(ロン・リビングストン)、そして、娘サラ(リア・フランクランド)とその弟ジョナ(アッシャー・マイルズ・ファリカ)と共に、郊外に有る2階建ての一軒家で暮らし、その人生は順調に進んでいると思えます。

しかし実際、夫は家事などほとんどやらないし、仕事から帰ってくるとビデオゲームの世界へ没頭するのみ。そんな彼を仕事に送り出し、子供らを学校へ届けるた後一人で膨大な家事をこなす生活は、正直こたえるものです。

そんな中でも、あらゆる家事をそつ無くこなそうと奮闘し続けているマーロ。でも実際の所、彼女は精神的な疲労がかなり溜まっています。

だから、息子が感情面で学校生活の妨げになっていると評価されたのは、ますますストレスになった事でしょう。確かに彼の言動には、ちょっと個性的な所があります。

そんな折、マーロとドリュー夫妻には、喜ばしいながらも新たな負担となるべき事実が発覚します。3人目の子供を授かったのです。

マーロの兄クレイグ(マーク・デュプラス)は、以前、彼女が産後うつに悩んだ事を知っていました。それで心配した彼は、夜の間だけ赤ん坊を見てくれる乳母を自分のポケットマネーで雇う、と提案してきます。

最初は、家の中に他人を入れる事を嫌っていたマーロでしたが、結局、兄からのオファーを受け入れました。

そうしてやってきたのが、若く美人の乳母タリー(マッケンジー・デイヴィス)。彼女はマーロに、「私は、あなたの助けになるために来ているんです」なんて言ってくれ、本当によく働いてくれます。

いつも活力に満ちたタリーと、徐々に仲良くなってゆくマーロ。夫などには話さないかも知れない心情を、同性の彼女には打ち明けられます。

しかしこのタリー。毎日、夕暮れ時になると現れ、マーロが熟睡している間は子供の世話をし続け、朝までに家じゅうをピカピカに掃除し、加えて朝食用のカップケーキまで焼いてくれるのです。

なんとなくミステリアスな所もあるタリー、果たして彼女は何者なのでしょうか?

映画『タリーと私の秘密の時間』:キャスト&スタッフ

  • 監督:
    • ジェイソン・ライトマン
  • 脚本:
    • ディアブロ・コーディ
  • 制作:
    • ジェイソン・ブルーメンフェルト
    • デヴィッド・ジェンドロン
    • ロン・マクロード
    • エリカ・ミルズ
    • デール・ウェルス…他
  • 出演:
    • シャーリーズ・セロン
    • マッケンジー・デイヴィス
    • ロン・リビングストン
    • リア・フランクランド
    • アッシャー・マイルズ・ファリカ
    • マーク・デュプラス…他

映画「タリーと私の秘密の時間」気になる現地メディアの評価は?

もちろん、育児というのはすごく大変な仕事で、精神面と物理面の両方に負担がかかるものだと思いますし、この世界で一番大切な仕事の一つだとも思います。

しかし、それが現実的であればあるほど、映画の真ん中に据えるモチーフとするには、それなりの勇気と決断が必要なはずです。

あの「JUNO/ジュノ」を作った監督・脚本のコンビが、普通の日常である家事の負担の中にどんなドラマを用意したか、そんな所が、本作の興味を引く大きなポイントになりそうです。

批評1:育児の苦労が活力あるドラマに!?

人生とは、ほぼ全てがルーティーンで構成されています。だから、僕らが自分の人生にドラマ性を見出すのはほぼ不可能と言って良いでしょう。

とは言え、その1ページ事に何等かの感情性が埋め込まれているのも事実で、そんな事を僕らの代わりに浮き彫りにしてくれるのは、この「Tully」のようなドラマという事になります。

そんな角度からは、まず、

【Los Angeles Times】

Charlize Theron and Mackenzie Davis breathe the miracle of life into the dark motherhood story of ‘Tully’

「シャーリーズ・セロン、マッケンジー・デイヴィスが、母親の育児にかかる暗がりへ命の魔術を吹き込む」

At times “Tully” plays like the third installment of an unofficial series that began with “Juno,” Reitman and Cody’s attention-grabbing 2007 hit, and continued with “Young Adult.” The result is a kind of trilogy on the pitfalls of suburban domesticity, moving from teenage disillusionment to stunted adulthood to the onset of middle-age misery, each stage marked by easy laughs and hard-won epiphanies.

「この映画“Tully”は、監督ジェイソン・ライトマンと脚本ディアブロ・コーディが、2007年に注目を集めたヒット作“JUNO/ジュノ”から始まり“ヤング≒アダルト”へ続いたシリーズの、非公式的な3作目であるようにも感じさせる。結果として生まれたある種のトリロジーは、ティーンが感じる幻滅感から端を発し、大人になりきれない成人期を過ぎ、中年を襲う苦悩の兆候までを網羅するものだ。そして、郊外での家庭生活に有る思わぬ危険を描きながら、それぞれのステージを軽い笑いと苦労の末に辿り着く結論で飾り、まとめたものとなった。」

Davis, whom you may recall from “Blade Runner 2049,” has a wondrous stillness to her; simply by watching and listening, she gently recalibrates Theron’s rhythms, drawing out everything within Marlo that life has threatened to snuff out.

「“ブレードランナー2049”への出演が印象に残っているかも知れないマッケンジー・デイヴィスが、ここで見せている静けさは素晴らしいものだ。単に目線をやり耳を傾ける仕草の中へ、やわらかな自分を再構成したようである。また、シャーリーズ・セロンが見せるリズムは、人生の中で消滅しそうになったマーロという女性像の全てを、そこに浮き彫りにして見せる。」

Their relationship is so incisively drawn that it’s a shame the movie doesn’t build to an ending worthy of them; the one that Cody has dreamed up leaves you with more questions than answers, and not always the good kind of questions.

「彼女らの関係性が、実に正確に描かれているため、この映画がそれに見合ったエンディングを構築しきれないのは、とても残念な事と言える。そこでは本来、脚本のコーディが、例え常にきれい事では済まないとしても、回答より問題提起を観客へ投げかけて終わろうと願っていたはずなのだ。」

、と言うような批評が書かれていました。

批評2:家事に追われ微笑みを無くす

世の中では、「普通という基準」をどこかの一握りの人が決めていて、それに見合わない人間はダメというレッテルが張られます。

とはいえ、その基準をこなしている多くの人も、心底幸せかと聞かれるとむしろ不満の方が多かったりするので、人の世の矛盾を感じたりするのです。

まぁ、そんな中で誰もが感じている疲弊感が、この映画に観客を引き込むための、いわば共通項となっているかも知れません。

ドラマであり、やはりリアルでもある、そんな面からは、

【The New York Times】

In the Comedy ‘Tully,’ Mom’s Struggle Is Real

「ママの奮闘ぶりはリアルな問題」

Marlo is doing the contemporary supermom thing and, refreshingly, she isn’t doing it with 1950s clichéd desperate smiles. Directed by Jason Reitman from a script by Diablo Cody (this is their third movie together), “Tully” admits that this figure is a noxious delusion, one that isn’t suitable for real women. Nevertheless they’re made to feel guilty for not doing it all or scolded for trying to live up to impossible standards.

「マーロは、今時のスーパーママと呼べる家事をこなしつつ、今時らしく、1950年代風の悲壮感ただようスマイルを浮かべたりしない。ディアブロ・コーディの脚本の上でジェイソン・ライトマンが演出(本作は、彼らにとって3作目の共同作業だ)した、この映画“Tully”は、上記のような姿が女性にとって有害な様子であると表明するものだ。また同時にその姿は、何もしないでいる事は罪深いと指摘し、追従不可能なスタンダードでも追い求めて生きるべきだと、そう急き立てるために描かれてもいる。」

Ms. Theron and Ms. Davis make a pleasurable, watchable pair — Ms. Davis is obviously happy to be the moon to Ms. Theron’s sun — but “Tully” isn’t really interested in the sustaining joys of female bonding. It has a message to deliver, which is as sincere and decent as it is obvious: Mothers need help, sometimes serious help.

「シャーリーズ・セロンとマッケンジー・デイヴィスは、見た目も良く楽しめる共演振りを発揮している。太陽であるセロンのそばで、月を演じる事をデイヴィスが喜んでいるのは明らかだ、しかし、本作“Tully” は、女子同士の安定した繋がりを見つめる映画ではない。この映画には、そこに明らかに見て取れる通りの、誠実かつ節度のある次のようなメッセージが込められている:母親はいつも助けが必要だ、それも時に真剣な助けをである。」

、と言った評価が書かれています。

批評3:そのストーリーにはツイストもあり

さて、映画である以上、一人の母親が家事に追われながらも3人目の子供を育てた、と言う要素だけでは製作費も集まりそうにありません。

これは、リアリティに立脚しつつもコメディドラマとして作り上げられたはずの一本。そうでなければ、とっても狭い範囲の観客にしか訴求できなくなります。

という訳で、この映画のドラマ性については、

【USA TODAY】

Charlize Theron’s poignant ‘Tully’ is a messy every-mom story — until it isn’t

「忙しい日常生活から方向転換するストーリー、それがシャーリーズ・セロンの辛辣なドラマ“Tully”」

The maternally mercurial comedy/drama Tully is for anyone who’s ever experienced the sheer terror of being woken out of a sleep-deprived slumber by a screaming baby, be they mom, dad or free-spirited nanny.

「母性的な移り気を見せるコメディ/ドラマである、この映画“Tully” は、寝不足による居眠りから、赤ちゃんの泣き叫ぶ声により引きずり出された経験のある人、全てに向けられた作品である。」

The relationship helps Marlo reconnect with herself, and Cody’s dialogue and Theron’s delivery are pitch-perfect in jumpstarting the character’s personality.

「ここでの(若く奔放な乳母との)関係性は、主役のマーロが自分を取り戻す機会となってゆく。そして、ディアブロ・コーディが用意した会話とシャーリーズ・セロンが提供する描写の組み合わせは、そのキャラクターの個性を一機に構築するため、完璧に機能していると言って良いだろう。」

Tully freshens up familiar themes and also offers a big story twist that has angered mental-health advocates. It works mostly in context, though introduces some inconsistencies in the narrative, which blows opportunities for character development. And the movie loses some of its poignancy as Marlo’s focus shifts from family matters to adventures with the effervescent Tully.

「本作“Tully” は、見慣れた映画のテーマをリフレッシュしつつ、同時に、メンタルヘルス問題についての憤りを表す大きなストーリー上のツイストも用意した映画となっている。そういった要素は、概略においては上手く働いているものの、実際の筋書き上においては幾つかの矛盾を生む原因ともなり、キャラクター構築の障害ともなったようだ。そして、マーロの関心が家庭内のものから、生命力あるタリーとの冒険へ移ってゆく中では、映画自体の鋭さもいくらか削がれてしまうのだ。」

、と言うような批評が書かれている事を、最後にお伝えしておきます。

何にでもなるのが名女優、、、と言う訳で

まぁ、やはりちょっと気になるのが、シャーリーズ・セロンがこの映画で見せてくれる体系の変化です。

VFXなのか、いわゆるデ・ニーロ=アプローチなのか、、、今どき、ネットの変な所で揶揄する事が書かれると、むしろそれが良い具合に炎上してバイラル広告になる、そんな事を賢いプロデューサーが考えているかも知れませんね。

もちろん、あのセロン姉さんには、まだまだ娯楽アクションの主役が待っていて、直近だと「Gringo」と言うR指定のクライム=アクション=コメディで、シャープなキャリアウーマン役を演じます。

また、あのもっともっとシャープな女を演じる、「アトミック・ブロンド2」の制作も発表されているようです。

そんな、彼女にとっての最近のハマリ約からは少し離れて、ドロンとした疲れた眼差しを見事に演じた、この映画「Tully」のシャーリーズ・セロンは、ファンならずとも一見の価値ありという事でしょう。

それではまたっ!

参照元
Los Angeles Times
The New York Times
USA TODAY

〔広告〕

Author: ズレ太

いろんな事がズレまくってるズレ太です。 でも、意外とまじめですよっ! (記事の中で引用している映画批評は、米国の電子版メディアから抽出しての大意翻訳です。)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。