ホラー映画「マッド・ダディ」の評価・あらすじ

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予告編と作品基本情報

  • タイトル:
    • Mom and Dad
    • マッド・ダディ
  • 制作:2018年 会社

ニコラス・ケイジの狂気に火がつく時:映画「マッド・ダディ」

世の中には、パラハラ、セクハラの嵐が吹き荒れるご時世です。

例え自分が、軽い皮肉とか洒落や愛嬌、あるいはコミュニケーションのつもりでそれを行ったとしても、相手がどう捉えるかによっては裁判沙汰となるので、各職場のオジサマ方は充分注意しなければいけません。

上に立つ側から、目下の者を蹂躙(じゅうりん)するという意味では、親が子供に行う行為も時としてハラスメントに似てきます。ただ、この場合は、いやがらせ、ではなくて、虐待と呼ばれてしまいますけどね。

それを糾弾された親御さんは、しつけとか教育である、と主張するでしょうが、周囲に居る100人の中、全体の51パーセントが間違っていると感じる事なら、いかに自分にとっては正しい事だと主張しても罪となります。

しかし逆説的に言って、仮に100人の親が全員、自分の子供を傷つけようと追いかけまわしたら、それは罪にならないと言う事なのでしょうか?

もちろん、その場合の親達にも、自分の子供の子供っぽい行動が与えるフラストレーションが限界に達した、という、正当な理由が有っての事です。

今回ご紹介する映画「マッド・ダディ(Mom and Dad)」は、世の中にいる全ての親が子供に対して抱く苛立ちの導火線に、とうとう本物の火が着いてしまい、全ての親達が凶器を振りかざしながら我が子を始末しようと襲い掛かる、という恐ろしくもナンセンスなプロットのお話だそうです。

映画「マッド・ダディ」:あらすじ

ブレント・ライアン(ニコラス・ケイジ)は、ごく普通のビジネスマンであり父親。

正直、今の仕事は面白くも無いし、依然は今の3倍ほどの月給をもらっていた時期もありました。とは言え、美しい妻のケンドール(セルマ・ブレア)と共に、なんとか安定した家庭を営んでいる彼です。

ケンドールは、家庭を守るためずっと前に自分のキャリアを捨て、それ以来ブレントと、高校2年生になったカーリー(アン・ウィンターズ)、そして小学生のジョシュア(ザッカリー・アーサー)ら、2人の子供達の世話を献身的に見てくれています。

子供達は元気いっぱいで、ブレントの家庭は愛情と幸福に満ちているようです。

しかし、そんな彼らの生活する社会で、とある異様な出来事が起こり始めていました。1人の母親が、年端もいかない我が子を乗せた自動車を線路の真ん中に乗り捨て、その場から立ち去ったのです。結局、列車と車は衝突し子供は命を落とします。

さて、最近、生意気になってきた2人の子供を持つブレントは、当然ながら、時には彼らに対して苛立ちを感じることもある日々を送って来ました。でも最近、時として怒りの導火線に火が着きそうになる事も感じています。

そんな中、カーリーは異様なニュースを目にします。それは、世の親達が、集団で子供を追い回し殺害していると言う、ショッキングな内容だったのです。

慌てて家に戻るカーリー。しかし、そこで彼女を待っていたブレントは、既に深い愛情を持つ父ではなく、抑えきれない怒りのみにコントロールされた男に変容していました。そればかりか、面倒見がよかった母親のケンドールまでもが、キッチンナイフを振りかざし、2人の子供に襲い掛かったではありませんか。

はたして、何が親達を変えてしまったのでしょうか?、何かの伝染病のせいなのか、あるいは飛び交う電磁波とか情報機器による洗脳が原因?

理由も分からないまま、狂気を振りかざし襲い掛かる、愛すべき両親から必死で身をまもるカーリーとジョシュア。

果たして、この世界、そして彼らの両親は、どうなってしまったのでしょうか・・・

映画「マッド・ダディ」:キャスト&スタッフ

  • 監督:
    • ブライアン・テイラー
  • 脚本:
    • ブライアン・テイラー
  • 制作:
    • ナサニエル・ボロティン
    • カシアン・エルウィス
    • ロバート・ジョーンズ
    • クリストファー・ルモール
    • アレックス・ルボービチ…他
  • 出演:
    • ニコラス・ケイジ
    • セルマ・ブレア
    • アン・ウィンターズ
    • ザッカリー・アーサー
    • レイチェル・メルビン…他

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映画「マッド・ダディ」気になる海外メディアの評価とは?

世の中には様々な人が居て、その文化も多様だとは思います。

それでも、人類が本質的に種としての存続を希望する生き物である以上、親という存在は、常に無償の愛情の象徴なのです。

とは言え、そんな基本的な常識を疑わせるような事件のニュースが絶えないのも事実。

生まれた時から進み過ぎた文明に囲まれ育った現代人は、そういった普遍的な生物としての原理を見失いつつあるのかも知れません。

あるいは、便利過ぎる道具ばかり使っているので、大脳から情報の整理や感情の抑制といった人間らしい機能が失われているのかも。

とにかく、1人の父親が子供を守るためにヒーローとして立ち上がる、というハリウッド映画の定石的なプロットを上下でひっくりかえし、がらがらぽん、とやった感のあるのが、この「Mom and Dad」という映画でしょう。

批評1:狂った親を演じさせるならニコラス・ケイジ

基本的には、ナンセンスな話をどぎつい描写と組み合わせて描いて行くのがホラーです。だから、殆どのホラー映画には、ある程度のユーモアも必須になります。

そんな風に、異様さと笑いの二つを同時にスクリーン上で描写させるには、やはりある程度の才能は必要。そんな中でも上級クラスの1人が、ニコラス・ケイジかもしれません。

その彼が、持てる力を充分に発揮したはずの本作には、まず、

「良き親である事は骨の折れる仕事だが、殺人狂で精神病質の親になる事も、さほど変わりはしないだろう。この映画『Mom and Dad』は、世界中の親達が常軌を逸するというアイディアに基づいた物語である。そのストーリーは、殆どの場合、上手く進展してゆくものとなってはいるが、後半に入り、監督のブライアン・テイラーがフラッシュバック場面を挿入する時点では、その運動力が弱められると感じさせもする。ともあれ、今現在、素敵な熟年を過ごしていると伺える、主演のニコラス・ケイジは、豹変する様子を表現する魔法を知っている訳で、自身の息子を見て狂気が爆発するかに思わせ、代わりに笑顔を溢れ返させる描写からは、なんとも不穏な感じが滲み出しさえするのだ。この映画『Mom and Dad』は、血塗られた無骨な形状の話かもしれないが、レーガンユーズの曲『Anytown』を、親としてのケイジが心変わりする瞬間に合わせて流す、と言った、悪くないセンスも持ち合わせている一作と言えよう。(Chicago Tribune)」

、と言った、前向きな評価が書かれています。

批評2:不十分さが感じられるプロット

この映画は、リリース自体がデジタル配信中心で、同時に限定された劇場でのみ上映している、という作品です。つまり、確実に映画としては小型なものだと言えます。

そんな背景は、作り手にとっても見る側にとっても、よりパーソナルな趣向を満たす目的が強くなっているかも知れません。

そして、ホラーのストーリーとしては、ピンポイントの観客層を狙った方が、むしろ名作となったりもしますが、この映画の作りについては、

「ウィルスだか群集心理だかが、突如、世の両親達を支配し、我が子を殺害せずにいられないという衝動でつき動かす。そんな話は、映画の題材として1つのアイディアであるだろう。しかし同時に、ある種の貧しい魂が思いつくアイディアだとも言えるだろう。結局、ただ1つのアイディアは一作の映画を支えきるには不足であり、そんな作品はただのギミックでしかなく、その足元を固めるためには少しの工夫とプロット上の驚きなど、何か一本のスジが通ったものにする必要があるのだ。ここでは、ニコラス・ケイジが父親役を演じていて、彼の気がおかしくなる様子を見るのは、悪くない体験である。だととしても、映画の素材自体が物足らなすぎ、彼の異常さすら気の紛らわしに感じさせるのみなのだ。(SFGate)」

、と、そのシンプルさというか薄さにご不満が出ている様子です。

批評3:独自演出で露呈する限界

まぁ、オリジナルの「死霊のはらわた」の様に行き切ってしまえば、どんな物でも歴史に爪痕は残せます。

そして、親達が我が子を殺害しようと追い回す、という基本アイディアは、映画作りを制限してきたある種の殻を破ったのかもしれません(ちなみに、殺そうとするのは自分の子供のみだそうです)。

そんな作品は、プロの賢い評論家から批判的な意見をもらってなんぼ、と言う事もできると思いますが、本作について、

「本作で監督・脚本を務めたブライアン・テイラーは、母親が幼児を殺害する場面などを露骨に描きつつも、それ以上発展させる可能性が見いだせず、ただ小さくまとまってしまった様だ。もちろん、ここでの殺人鬼に変貌するという役については、主演のニコラス・ケイジは力量を見せつけるチャンスを得ているだろう。とは言え、この作品の中では、観客が望むほどには上手くいっていない。通常は共同で演出する事の多い、マーク・ネヴェルダインを欠いた本作において単独の仕事をしたテイラー監督は、欠点の見える編集と厭な印象以外に、そこに何も残せていないと言うべきだろう。(The New York Times)」

、と言う様な評価も書かれている事を、最後にお伝えしておきます。

日本の映画ファンはケイジおじさん、大好きですっ!

とりあえず、彼の名前が主役に載っている作品がDVDストアの棚に並んでいれば、その作品を知らないとしても、お客さんは手を伸ばしてしまうスター俳優が、ニコラス・ケイジ。

最近の彼の暮らし向きがどうか、なんて事は、僕らには分かるハズもないのですが、本作での狂う演技を見るにつけ、ちゃんと元気にやっているという感じは伝わり、何よりだと思います。

とは言え、現在(2018年2月)のところ、この映画も(当然の様に)日本公開は未定。今の配給体制を見てもDVDダイレクトか、ネット配信オンリーになる可能性も大きくなりそうです。

まぁ、小型のホラーとしてならそれなりに楽しめそうな本作について、僕として邦題にご提案するのは、と言うと、、、そうですね、「デス・ペアレント」とかは如何でしょう(企画の方々、どうぞご一考を)。*追記:邦題は「マッド・ダディ」になりました^^;。

それではまたっ!

参照元
Chicago Tribune
SFGate
The New York Times

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Author: ズレ太

いろんな事がズレまくってるズレ太です。 でも、意外とまじめですよっ! (記事の中で引用している映画批評は、米国の電子版メディアから抽出しての大意翻訳です。)

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