SciFi映画「メッセージ(Arrival)」(2016年)について

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絶対解けない宇宙の謎にエイミー・アダムスが挑む!

自由主義国家に住む僕たちの生活は、法的に自由が保障されているようでいて、じつは現実という枠の中に強く拘束されています。

今日、新しい人と出会って(仮に)恋に落ちる、そんな自由だって僕には認められているはずなのですが、実際の毎日では、相も変わらない顔ぶれと新鮮味のない言葉のやり取りを続けるだけ。

僕らの世界って、本当はとても狭いのです。

でも、このエイリアン系のSciFi映画「メッセージ(Arrival)」で主役を務める、ルイス(エイミー・アダムス)さんの日常は、彼女が突如アメリカ軍に招かれた時に大きく変わります。

その時、世界中12ヶ所の地点に、地球外から謎の物体が効果、言語学者であるルイスは彼らとのコミュニケーションの役を任されたのです。

モンタナの郊外へと向かったルイスさんは、理論物理学者のイアン(ジェレミー・レナー)さんや、ウェバー大佐(フォレスト・ウィテカー)らで構成されるスペシャリストチームに入ります。そして、彼女が見上げる先には、半月型をしたダークグレイのUFOが音もたてずに浮かんでいたんです。

未知なるものとの接近遭遇に、心底おびえながら、チームの一員としてUFOの内部へ侵入するルイス。明らかに高度な知性と文明をもったエイリアン達と会いますが、彼らの言語は、およそ言葉とは思えないような音と、文字とは思えない記号のようなもので構成されています。

それでも、ゆっくりと解読をすすめ、おぼろげながらエイリアン言語を理解してゆくルイス。しかし、この地球外からの訪問者に、彼女とは真逆のアプローチで対処する人々も、この地球にはたくさんいました。彼らにとっては、このUFOは侵略の脅威を意味するものでしかなかったのです。

彼らは、武力でエイリアンの排除をしようとします。しかし、超文明を持つエイリアンとまともにやりあって、人間が戦いに勝てるのでしょうか?

世界中で対エイリアン戦争の準備が進められる中、いま、地球の未来はルイスの言語解読が成功するか否かだけに託されたようです。はたして彼女は、この未知な言語を通じてエイリアンと通じ合い、地球の未来を救う事ができるのでしょうか・・・

未知との遭遇は救済なのか?

まぁ、この宇宙には人間以外に知性をもった生き物なんて居ませんし、フォースもなければジェダイの騎士だって存在しません、、、よね?

だけれども、「もし、、、だったら、、」というイマジネーションを膨らます事は、どの人にとっても大切な事だと思います。そのお手伝いをしてくれる良いツールが、こういったSciFi映画なのですね。

ありがたい事に、この映画はステルス戦闘機が絡むアクションよりも、凄く非日常的出来事について、考えをめぐらさせるというのがテーマのようです。いわゆる、ハードコアSFファンの人達も満足できそうな一本という事です。

「この映画“Arrival”は、この一つの映画ジャンルの中で比べても、明らかに理想主義的な希望への志向を持った作品である。その中では、ある程度のアクションや暴力場面が見せられるものの、最良の決着が戦闘行為で得られると描くものではあり得ない。テッド・チャンの原作であるこのストーリーは、気取らない知性の中に、宇宙への静かな思いとともに、存在、時間、そして空間についてなどの事柄をブレンドした、一つの謎解きに仕上がっているだろう。(The New York Times)」

、とか、あるいは、

「ストーリーは、過去にこの女性が体験した悲劇を短く描いたりもするが、すぐに観客にはこれがエイリアン映画であるとわかる事になっている。とはいえ、その見ため通りでもないのが本作で、それは、言語は別々の時間をつなぐブリッジである事、また、我々は自分だけの手で自分のストーリーを書き上げられる訳ではない事も、思い出させる物語となっているのだ。(The Seattle Times)」

、と言う評価が見られます。

時空を超えた所からやってくる、完全に未知なる存在に対して人はどう反応するだろう? 多分こういった映画は、そのエキセントリックな設定の中に、「ちょっとした文化の違い」を理由に相手を嫌悪したり憎んだりする、人間の持つそんな本性を浮き彫りにしたり風刺するのが目的でしょう。

それは、歴史的に見ても、SciFi映画の王道と言えるプロットです。

「監督のドゥニ・ヴィルヌーヴは、しばしば、宇宙服のような衣装を通じて“2001年宇宙の旅”をトリビュートして見せる。しかし、本作はさほどに革新的な一作という事でもない。それは、頭を使った謎解きに実直さを加えながら、けして強烈とも言いきれないそのビジュアルには馴染みやすささえ漂う、そんな映画なのだ。(The New York Times)」

まぁ、映画としてはいかに上手くまとまっているか、の方が大切です。そんな意味でも、本作は一貫したテーマを維持しながら、やりすぎCGにも走らなかった良作、と言った印象が伝わりますね。

そして、まとまりを見せるのに大事なのが、主演の存在感ですが、

「主役のエイミー・アダムスは、時に震わせるその声を低く抑えながら、自身のソフトさと静かさをヒロイズムへと転化してゆく。また、その動きの少なさは、かえって見る者を傍らへと惹き寄せさえするだろう。その安定感は筋書きの固い土台ともなっている。この映画が原作ストーリーにプラスしたアクション要素などは、この女性が向かう壮大な旅に比べたら、軽薄なものとさえ感じさせるのである。(The New York Times)」

、とか、あるいは、

「ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督によるこの映画”Arrival”の面白さは、主演のエイミー・アダムスが謎を解いてゆく様子を我々が追いかける、という所に存在する。彼女がエイリアン達と見つめ合う時、その表情に、答えに至る気づきの陽光が刺す瞬間を、カメラは時折立ち止まり、捉えて見せるのだ。(The Seattle Times)」

理解を超えたエイリアンとの遭遇を想えば、海外旅行先のレストランで、ウェイトレスの愛想が悪いくらいで激高する事もなくなります。自分と違う文化の中では、自分の常識なんて無意味になっちゃうんですよね。そしてもし相手が地球外知的生命体だったら、文化の違いに腹を立てる事自体が愚かな反応です。

多分、僕らが生きている間に、実際にエイリアンが地球へやって来る事はないでしょう。いや、エイリアン自体存在しないのかもしれません。

だとしても、この宇宙が僕達の想像を完全に超越するほど大きくて、多様性に満ちているという事実だけは変わらないんです。

そんな事に空想が広がって脳に良い刺激になる、というのが、こういったSF映画の最大の魅力になってるんですね、ではまたっw!

参照元
The New York Times
The Seattle Times

ズレ太

Author: ズレ太

いろんな事がズレまくってるズレ太です。 でも、意外とまじめですよっ! (記事の中で引用している映画批評は、米国の電子版メディアから抽出しての大意翻訳です。)

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