映画「Morgan」:ついに誕生した超人類、悲しきその運命とは?

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〔科学が進む、もう一つのキケンな領域〕

世の中にある大抵の組織とかグループには、「俺を怒らしたら後悔するぜ」なんて凄んでる武闘派の人が、勝手に主流派を気取っていて、腕力をふるいながら、やや利己的な感じに上手く周りを牛耳ってる訳です。

でも、本当にコワいのは、凄んだりなんかせず、そのルックスも可憐な美少女でありながら、この人間界に勝てる相手もいないほどの能力を持つものなんです。そう、例えば、この新作映画「Morgan」において、危険なパワーが暴発しないように大きなガラスのケージに閉じ込められている、見たところ10代の女の子と思しき存在なんかがそれ。

今、そのモーガン(アニヤ・テイラー=ジョイ)に、外部から訪問客がやって来ました。その女性の名は、リー・ウェザース(ケイト・マーラ)。モーガンをこの場所に囲っている某ハイテク企業に、危機管理顧問として働いている人物です。

どうして彼女が起こりこまれたか、と言えば、ちょと前にケージの中でモーガンと話をしていた学者、キャシー(ジェニファー・ジェイソン・リー)がモーガンに襲い掛かられ、左の眼球を抉り出されるという惨事が勃発したから。

だいたい、モーガンは何故、ガラスの部屋に閉じ込められているんでしょうね?。実は、この少女、この企業の学者スタッフ、チェン博士(ミシェール・ヨー)、シャピロ博士(ポール・ジアマッティ)そしてキャシーも含めた人達が、バイオテクノロジーで合成したDNAから発生した超人類のサンプルなんです。

リーの仕事は、モーガンの価値と安定性を評価して、必要であれば即刻処分を決める事。でも、確かにキケンなムードをはらむモーガンですが、キャシーをはじめとした学者達は、処分には強く反対もしています。

果たしてモーガンの運命は?、いや、この秘密研究所に勤める人々の運命は、どうなるんでしょうか?

〔ヒトとはなにかを考えるまもなく、事態は流血の惨事へ〕

ひょんな事で超絶パワーを手に入れた人間は、最終的には自分と周囲を破壊して破滅するのが、まぁハリウッド映画の定石でもあります。神様のルールに逆らうとバチがあたるぜ、って訳ですね。

でも、この映画のスーパー美少女モーガンは、そういう意味でのヒトでもなさそうです。

「アニヤ・テイラー=ジョイについては、先に公開されたホラー映画‛The Witch’で不吉な嫌疑をかけられたティーン役における、強烈な演技を思い出す人々も居るだろう。そして、彼女がまとう憑依されたような外観イメージは、さらに一般的なSciFi映画である、この映画‛Morgan’でも表現されてはいる。ルーク・スコットが監督をつとめた本作は、あの‛エクス・マキナ’の一年後という時期に公開されていなければ、もう少しは新鮮味を与えられただろう映画である。(Los Angeles Times)」

考えやフィーリングが外部から理解できないと、その人はキモチワルイというレッテルをはられて排除されます。人のようでもヒトでないというモーガンは、そんな風に才能や感受性が強すぎて仲間外れになった人物の、一つの象徴でもありそうです。

「ここでモーガンと呼ばれるものが、誰かの眼球を突き刺すという過激な形で、この映画は開始される。そして、彼女(もしくは、何か)が何故そのような暴挙に出たのか、そして、モーガンの性別・出生の秘密などが、この映画の冒頭部分を動かしてゆく動力になってゆく。とは言え、バイオテクニックと人工知能の時代における人間の意味を問うという、‛エクス・マキナ’的な問題定義の要素は、ここでは、ちょっとだけもて遊ばれる程度である。(The Washington Post)」

これは、ハロウィーンに向かう季節の「SciFi・ホラー映画」でしょうから、制作サイドとしては血のり多めのオーダーが出てもしかたありません。

なかなかなキャスティングで作られている、と言うのも、この映画の娯楽よりな立ち位置を表しているのでしょう。ちなみに、監督のルーク・スコットは、リドリー・スコットの息子さんです。

「カメラワーク(マーク・パッテン)や音楽(マックス・リヒター)など、スコット監督に授けられた素材は、本作の質と比べると不釣り合いに感じられる。(何故なら)クライマックスは流血の惨事で終わるという、この映画にとって間違った着想は、どのような技法をもちいても埋め合わせができないのだ。責任感と無謀さ、あるいは人間性と怪物性という二分法と共に、刺激的なアイディアを模索していると見せかけるのが本作だ。それでも、実際に力が入っている部分というのは、殺戮という、もっと有り体の要素になっているのだ。(Los Angeles Times)」

、という批評が出るのも、何も珍しい話ではないですが、一方で、

「だが、この映画‛Morgan’について関心を失い、つまらないと決めつける前に、びっくりするような(ストーリー上の)ツイストが待っている。しかしながら、そういったトリックが効果を発揮し、本作が意外にも上手く収まる様になるためには、一つの基準というものも求められるだろう。この作品が呈する疑問というものが、哲学を気取ったお飾りでもなく本当に重みの有るものであったら、もう少し観客の心に影響を残し得たことだろう。(The Washington Post)」

、というのも有りますね。

今や、人工知能の利用目的は拡大の一途、それがヒトの社会にどう影響を及ぼすか、考える間もなく普及しています。これは近い将来、まちがいなく暴走する事でしょう。

もうすでに人間は、自分達で生み出したカガクに負け、縛られた状態になっています。すでに人間性の意味すら変化してしまったんです。

そう、21世紀以降も人類が生き延びるためには、「モーガン」のような新種へと生まれ変わるしか方法が無いのかもしれません、、、

ではまたっW。

参照元
Los Angeles Times
The Washington Post

ズレ太

Author: ズレ太

いろんな事がズレまくってるズレ太です。 でも、意外とまじめですよっ! (記事の中で引用している映画批評は、米国の電子版メディアから抽出しての大意翻訳です。)

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