映画「最後の追跡(Hell or High Water)」の前評判

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〔俺らが超ワルイ事するのも、ちゃんと理由が有るさ!〕

日本みたいな国は、物事の良し悪しを決めるための話し合いが長引き過ぎちゃって、その間に問題がもっとこじれる、という轍を踏みがちです。

まぁ実際のところ、普遍的にモラルとかの問題を解決するテンプレートなんて、この世に存在しません。つまり、それ自他が言う程に綺麗な何かでもなく、従って、犯罪映画の脚本家にとっては発想を刺激する、いじりがいの有る題材と成る訳です。

さて、今回ご紹介する映画「Hell or High Water」は、銀行強盗を繰り返す兄弟、タナー(Hell or High Water)とトビー(クリス・パイン)のハワード兄弟と、彼らを追う警察官、マーカス・ハミルトン(ジェフ・ブリッジス)とアルベルト・パーカー(ギル・バーミンガム)を中心に回転します。

片や、モラル的にペケの人、片やモラル的に一応マルの人達ですね。

まぁ、ペケの強盗兄弟にしても、こんな事になってしまったのには理由があります。どっかのエリートが変な事して発生した世界的な金融信用不安のあおりを受け、彼らの家が担保価値を失いそれを元に受け取っていた年金が入らなくなったんです。そればかりか、銀行は家を差し押さえるとか言い出す始末。

財産を全部はぎとられ、約束の金ももらえないとなったら、誰だってちょっとは考えるでしょ?。ハワード兄弟は、考えるだけでなく実行に移しただけなんです。そう、大銀行に押し入って要領よく札束をふんだくってくる仕事を。

金融界のエリートが彼らからふんだくっていった財産を、ただ取り戻しているだけ?、まぁ、見ようによったらそうとも言えそう。そして、重大な犯罪であることもこれまた動かしようのない事実です。

開業直後の時間に押し入って、金をせしめては逃げ、車は人知れない場所に埋めてしまう、そんな彼らの強盗スキーム。最初のうちは、なかなか上手く事が運んだようです。

しかし、どんな事にも終わりはある訳です。とりわけ、後3週間で定年退職だという超ベテランのマーカス捜査官が事件を追いかけているんです。このまま逃げ切れるはず、ないですよね・・・

〔サブプライムバブル崩壊の傷をみつめて?〕

これは、「国のい偉い人達が経済運営をしくじったおかげで、えらいとばっちりを受けちゃった田舎の兄弟なら、善悪がどうのなんて事は無視してもいい?」、という疑問も少しは含まれているというストーリーらしいです。

まぁ、本当の悪人を正義の味方が追いかけるなんて筋書、いまの映画的価値観の中では旨味が出し切れませんからね。

「文章で見た限りでは、この映画‛Hell or High Water’には特別な印象は受けないだろう。実際、この作品は、同じジャンルの中にある‛ノーカントリー’と比較されるべき一本だとも言える。しかし、知性によってとても上手く組み上げられた新型西部劇作品であるこの映画は、そういった手法の中だけに留まるものでもない。そして、コーエン兄弟によるあの作品より、もっと楽しめるものともなっている。本作もまた、変わりゆく時の流れやコミュニティの崩壊についてを、悪者vs良い者の構図という古風なレンズを通して語って行く。とは言え、ここでの悪役はでっち上げられたように非合理的な怪物ではなく、詳細過ぎる構造を与えられていて、時代にぴったり合う何者かとして描かれているのだ。(Washington Post)」

、とか、あるいは、

「望むのであれば、この映画‛Hell or High Water’を、いかにもと言えそうな犯罪者を描く事で、むしろ型にはまろうとした西部劇だと呼んでも問題はない。しかし同時に、そういった連中の居るべき時代も場所も、そこに永遠などは無いという事を熟知した、モダンな作品であるのも事実だ。更に言うと、ほんの少し前の時代性をエンターテイニングに扱う一本だとも言える。本作を含む多くの西部劇の良作は、右寄り・左寄り、そして中道に居る全ての観客に訴えるものだろう。そして本作は、人々を分裂させるよりむしろ融和させるという、2016年の世界観の中では希少な映画作品にも成り得ている。(Chicago Tribune)」

、とか言う評価。21世紀の今は、犯罪と法律とモラルも複雑化がすごく進んでますからね。

まぁ、何があったって犯罪なんて犯しちゃダメです。財産ばかりか自分の人生も失いますからね(人生から逃げたいって人は話が別かも知れませんが)。

それでも、映画の中では描くに十分な、面白い人物像となりえるのが、そんなワケありな人物です。

「始まってしばらくは、強くゆがんだ感情をその眼光で表現する、タナーという役どころについて、ベン・フォスターの実績が活かされていると感じるだろう。だが、この映画の中身は、実はクリス・パインの演じるトビーに隠されていると言える。彼は、ちゃんとした理由が有っての事ながら、悪事に手を染めてしまった善良な男を、微妙さの中に上手い判断力をもって描写しているのだ。(Washington Post)」

、別のところでは、

「クリス・パインは、悲しみが一杯に詰まったここでの役どころに、じつに巧みな変化を与えており、自身のキャリアの中でも、最も押し出しの少ない、そして最大級の演技をやって見せている。また、ベン・フォスターの方は、ここでのキレやすい男の中に、トラブルメーカーであり、例え道を逸れたとしても、自身の家族は大して悲しまない事も理解してしまった人物という、二つの側面を描写してみせる。この映画は、B級映画の分野に片足を置きつつ、モラルをトリッキーに扱う事で、そう言ったジャンルへの刺激的で現代風な回答になる領域にも、片足を入れた作品となっている。(Chicago Tribune)}

、とか。

、そして、良い人側については、

「世間のウラを良く知った者の辛辣さをもって、捜査官を演じているジェフ・ブリッジスの事を、“トミー・リー・ジョーンズ向けの役どころにクリス・クリストファーソンの味わいを持ち込んでいる”などと簡単に表する事もできる。しかしながら、そこへ抑え気味に使われている彼本人の能力にとっては、フェアな批評とは言えないだろう。(Washington Post)」

、みたく書かれています。最後に、

「この作品中には、金融業界への沸騰するほどの憎悪についてが、やや語られ過ぎる部分も見受けられる。作品を通じて、脚本のテイラー・シェリダンと監督のデヴィッド・マッケンジーは、主役の兄弟を観客の側に立たせるよう努力している事も明確に見て取れる。しかしながら、その役者達は秀逸である。(Chicago Tribune)}

、と言ったように良い評価が多そうなのがこの一作ですね。

そこに描く悪役を魅力的にすればする程、その行いだけを模倣する人間が生まれる可能性が増える、というのは、モラルと犯罪を描く娯楽映画の持つダークサイドです。例え、誰かの死によって罪が贖われたとしても、その罪により被害を受けたすべてのわき役の事は、エンドロールが流れる頃になれば観客の記憶からは消去されます。

そう考えると、映画って本当に怖いものですね、、、ではまたっ!。

参照元
Washington Post
Chicago Tribune

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ズレ太

Author: ズレ太

いろんな事がズレまくってるズレ太です。 でも、意外とまじめですよっ! (記事の中で引用している映画批評は、米国の電子版メディアから抽出しての大意翻訳です。)

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