その子猫にヤベぇ連中もメロメロ、映画「キアヌ(Keanu)」の前評判

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〔ギガかわゆい子猫つん、救出大作戦〕

20世紀の終盤から21世紀にかけて、動物界に起きた最も顕著な変化というのは、彼らの言語的コミュニケーション能力の、著しい発達だと言えるでしょう。

加えて、その毛並みはリンスとコンディショナーで常に整えられたように、モフモフ&ふかふかとなり、子供達だけじゃなく世のOLさん達も大変に魅了。こういった動物の進化は、CGI、あるいは、モーションキャプチャーと呼ばれる魔法が、誰にでも安く使用できるという状況が実現した事で、起きた現象だと言われています。

しかし、現代人の知的向上力が、ややもすれば滞っているように見える事から解る通り、1つのピークを迎えた後、動物の進化の過程は必ず速度を緩めるものです。そんな時は、一度古典の世界へ戻り生命力をリフレッシュするのも、悪くない方策でしょう。多分、そんな理由から生まれたのが、この映画「Keanu」だと言う事と思います。

さて、ここに居ますは一人の人間の男性、名前はレル(ジョーダン・ピール)。気の毒な事に、最近彼女に降られて、完全に意気消沈しています。彼は、従妹のクレアランス(キーガン=マイケル・キー)からの電話にも、まともに応答する力が出ません。

そしてこれよりちょっと前。街の裏社会では、1つの事件が起きていました。麻薬密造工場での銃撃戦です。この騒ぎでは、多くの犠牲者が出た模様ですが、辛くも無傷で逃げ出す事に成功した子がいます。

そして街をさまよい郊外の住宅街に辿り着いたその子は、レルの家の玄関前に座り込んで住人に呼びかけたんです。「ミャァオウ、、、」。

この声に気づきドアを開けたレル。彼の正面に小さな子猫が座っているのを発見し、奇跡のようにその表情が晴れやかになります。かくして、レルはこの子猫をキアヌと名付け、一緒に住むことに決めた訳です。

キアヌの超ギガ級のキュートさは、どんな人物でも一瞬で虜にしてしまいます。そして実は、彼がもともと居た麻薬工場のボス、チェダー(メソッド・マン)もそれにやられた一人。だから、いなくなった子猫を取り戻しに来た事だって、いわば当然の話なんですね。

せっかく、心の癒しが得られると思っていた矢先に、キアヌはまた姿を消してしまいました。レル、そしてクレアランスの2人は、どうしてもこの子猫ちゃんを諦めきれません。と言う訳で、果敢にも街の裏社会へと侵入して捜索を開始します。

まずは、キアヌがつかまっていると思しき、「17th・ストリートブリップス」というギャングに近づこうとする、我らが気の良い2人組。でも、最初にしなければならないのは、悪っぽい言葉使いを学ぶことなのだそうです。

一体、キアヌは今どこに。レルはこの子猫を取り戻す事が出来るのでしょうか・・・。

〔コメディー番組の人気に乗って〕

今の日本は、言わずと知れた一大ネコブーム。そんな情勢の中ですから、この映画が、アフロ・アメリカンジョークで構成されていたとしても、日本の観客へ十分にアピールすると思います。

そして、今回は、お話はしない純粋な子猫が、話の軸になっている訳ですが、

「彼が名前をいただいている、ブッダ並みにクールなあのスターよろしく、この子猫キアヌも、高速・激烈な銃撃を無傷でかいくぐってみせる。そしてこのお遊びが、10分間程度の寸劇を90分に膨らませたこの映画「Keanu」の訴求ポイントとなっている。長たらしくも不規則に笑わせるというこの映画の楽しみは、「コメディ・セントラル」におけるヒット番組、「Key & Peele」が終了して以来、キーガン=マイケル・キーとジョーダン・ピールの2人を見る理由付けともなっているだろう。そしてここに足らないものとは、番組の中でカルチャーや政治の世界を弄る時使ったような、より鋭く知性を感じさせるエッジでだと言える。(The New York Times)」

、と、活躍ぶりもなかなかなもんらしいです。そして、猫への愛情が、普通の男をキケンな夜の街へと飛び込ませる、というのが笑わせる道具の基本になっているのが、この話なんですよね。ですが、

「寸劇コメディーから劇場向け映画への転換は、えてしてまとまりを欠くものである。これは、「サタデー・ナイト・ライブ」から発展した失敗作の長いリストを見れば歴然だろう。そして本作「Keanu」でもそれは言えて、この映画はしばしば詰め物のようにも感じさせるし、その内部に史上最も笑える10分間の寸劇が潜んでいるのだろな、と観客は考えるはずでもある。(The Seattle Times)」

、とか言う評価も。反面、

「同時に、キーガン=マイケル・キーとジョーダン・ピールの2人が見せる早口言葉のやり取りは、彼らが、銃を持ってわめきたてるタフガイになったり、また元に戻ったりする様子へ、新鮮さと愉快さを付け加えてくれもするのだ。(The Seattle Times)」

、という、気のきいたコメディーの仕掛けもたくさんありそうな映画です。結構クラシカルな、ジョージ・マイケルのナンバーが、そこここにフィーチャーされているのも、独特なノリを作っているかも知れませんね。

そして、ギャング映画好きの観客にも、ある程度訴求するようなのが、この作品だと思いますが、

「良かった点と言えば、キーとピールの2人が、一般人である彼らと、彼らが殺し屋を装っている場面とを演じ分け、この劇場用作品を上手く保っている所である。それでも、この分野の話が持つべき仕組み自体は変に作用していて、大銃撃戦が始まる頃には映画自体がそれに飲み込まれてしまう。そして、内に秘めたはずの批判眼も、別にいいけどね、と言わんばかりに肩をすくめ引っ込んでしまうのだ。(The New York Times)」

、だそうです。

人によって、猫ちゃんの印象というのは真逆になるものです。この大ブームの中にあっても、猫が近づくとゾッとするという人間も居るでしょう。ヨーロッパじゃ、毛の色が黒いというだけで不運の兆候だ、なんて言われるそうですしね。

それでも、この「Keanu」の予告編では、子猫のキュートさによって観客を引き寄せる重力が、最大に発揮されているのも確かだと思います。キアヌはどんな演技を見せてくれるんだろう・・・。

真にキュートであれば、話す力どころか、歌唱力や演技力もいらないよなぁ、とか思ってしまいますね。僕も、変わるかな、、、ネコキャラに。

ではまたっw。

参照元
The New York Times
The Seattle Times

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ズレ太

Author: ズレ太

いろんな事がズレまくってるズレ太です。 でも、意外とまじめですよっ! (記事の中で引用している映画批評は、米国の電子版メディアから抽出しての大意翻訳です。)

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