映画「雨の日は会えない、晴れた日は君を想う(Demolition)」:これでアナタも壊したくなる?

〔広告〕

〔ぶち壊れちゃった人生のバランス〕

一部を除いて、僕達は皆、社会の規律とか仕組みに従わないと生きてゆけないと、ちゃんと理解しています。そしてそう言う抑圧的な環境の中で、お金とか愛情とか、承認・信頼などの見返りを糧にして心と行動のバランスを取っているんです。

まぁ、僕ズレ太みたく、見返りが得られるだけの能力も人徳も無い場合は、ひたすら縮こまって静かにしてるしかない訳ですけど。

とにかく、そうやって一人の人間を支えていた大事な柱の一本が、突然に、そして絶対に復旧不可能な形で奪われたらその人はどうなる?、と言うのは、ホラーでもコメディーでも、あるいはドラマとしても一番面白い題材の1つではあります。

と言う訳で、またも登場した「ぶっ壊れ系」の新作映画が、ここでご紹介する「雨の日は会えない、晴れた日は君を想う(Demolition)」なんだそうです。

その中心に居る人の名前はデーヴィス(ジェイク・ジレンホール)彼は、投資系金融機関でお金を動かすという上級な仕事で成功していて、同時にジュリア(ヘザー・リンド)という美人の奥さんも居ました。ちなみに、彼の勤め先は奥さんの父親フィル(クリス・クーパー)が所有する企業です。

でも、そんな人生のバランスが、ある日一機に崩壊しちゃう事件が起きたんです。夫婦でドライブ中にあった交通事故で奥さんだけが他界・・・。

そして、そんな大事件が起きた直後でも、彼の仕事と雇い主である義父は彼に休みを与えてくれませんでした。本来なら深すぎる悲しみに落ちているはずのデーヴィスなのに、泣き暮らすって事もない代わり、なんとなく精神状態が妙な具合です。

そんな彼は、商品が引っかかって取り出せなかった自動販売機のメーカーに、長々としたクレームの手紙を書き始めます。そしてそれに応対するため電話をしてきたカレン(ナオミ・ワッツ)という女性と、交流を始めました。シングルマザーである彼女には、クリス(ジューダ・ルイス)という息子がいます。

その出会いが彼の心を癒した?、いや、、、そうでもなさそう。ひょっとしたら全部をやり直したい、という潜在的な衝動が有ったのかもしれませんが、デーヴィスは、色んなものをぶっ壊しはじめたんです。最初は冷蔵庫や家具から始まり、とうとうジュリアとの思い出が息づくはずの自宅そのものまで手をだします。その意味が解っているのかどうなのか、今や、クリスまで一緒になって破壊行為にふける始末。

このままいって、デーヴィスは救われる事が出来るんですかね・・・。

〔普通じゃなくなった時のジレンホールが良い〕

やりたいと思った事と、自分に向いている事が、ぴったり一致するという人は少ないと思います。ですので、念願かなって就いた仕事でも意外と大きなストレスを感じている人も居ますよね。

まぁ、ストレスも大きすぎると判断のバランスを壊したりして、しなくて良い失敗を犯す事も有るので、あんまり我慢しすぎない方が良いと思います。人間て言うのは、「世の中は甘くないんだ」とか言うホントかどうか解んないような観念で、自分を縛っているものですからね。

別の見方をすると、誰かを操作するにはその人の感情を封鎖してしまえば良い、って怖い話でもありますが、この映画はそんな風な洗脳とかの話ではないです。

「この映画“Demolition”において、ジェイク・ジレンホールは再び、自分に備わった、瀬戸際に追い込まれた魂を描写する役への親和性を、露わにしたと言えるだろう。その親和性は“ドニー・ダーコ”までさかのぼっても明らかだった事である。しかしこの作品自体はと言うと実に不器用な仕上がりであり、つまりはジレンホールが見せる演技への打ち込みようのみが、これを鑑賞する理由付けとなっているのだ。(SFGate)」

不幸で悲しい事故が発端となって、自身の手によって自身を壊してゆくのが、この主人公という事ですね。

「この映画“Demolition”は、感情的な整理のメカニズムを物理的な崩壊で描写するという、不安定な設定を抱き合わされつつも、上手く出来て心に届く映画だとも言えるだろう。(Miami Herald)」

悲哀もそうですが、不満とかうっぷんが蓄積されすぎると、自己破壊的な方へ走るっていう人もまた、意外と少なくないと思います。それで、そのうっぷんの原因が本当はどこにあるかって、本人には見えなかったりするもんで、これまた困った話なんです。

映画の中なら、最終的に解決するはずなのかもしれませんが、

「この話の持つ奇抜さが見られるのは、最後の段で、お涙頂戴的なセンチメンタリズムへなだれ込むという、手腕的な不足分を何らかの形でその補おうとした、その点である。この監督は、無理にでも全てを語らなければ、観客に意図が伝わらないだろうと不安だったのだ。(SFGate)」

、と言う評価もあります。

「監督を務めたのは、その作品で描く混乱した人物の頭脳の中へ、観客を放り込む手腕に長けた人物、ジャン=マルク・ヴァレだ。彼は、外面的なものより人々の内的な人生に興味をひかれている芸術家である。だとしてもブライアン・サイプが脚本を手掛けたという本作“Demolition”は、何か意味深いものへ融合して行く姿もけして見せない一作だ。それは、何にも発展して行かない出来事を、ただ連ねただけのストーリーなのだ。(Miami Herald)」

僕なんかが良くやっちゃう、延々と愚痴り倒すっていうのも、そこでの人間関係を悪くするので、社会的に破壊的行動だと思います。でも現実問題として、周囲の物を全部壊しても、後片付けのほうが大変ではありますけどね。

反面、(元の健康な状態にもどれるなら)一機にぶっ壊れて全部を組み立てなおすっていうのも、かえって良い事かもとか思う部分です。

「人間というより脚本家による作り物という印象のこの役には、ジェイク・ジレンホールも演じる術を見つけられずにいるようだ。この映画は、ただ常軌を逸する事のみに忙しくユーモアを使いこなす事も無い。主役のデイヴィスがハンマーを振り回し始める頃には、見ているあなたも本作自体を鉄球で粉砕しても問題ないくらいである。(Miami Herald)」

色んな人が抱えている、全部ぶっ壊したい、という衝動を、マシンガンの連射とかじゃなくて、もっと現実に連結した設定のなかで疑似的に体験させてくれる、というのが本作という事でしょうか。

実際には、あたりの物を壊すより、自分を変な具合にしちゃってる拘りとかプライドとかを一度壊した方が、多分生産的な結果を生むのだろうと思います。

因果応報、自分に降りかかった事は、自分の行為の結果ですから^^。ではまたっ。

参照元
SFGate
Miami Herald

〔広告〕

ズレ太

Author: ズレ太

いろんな事がズレまくってるズレ太です。 でも、意外とまじめですよっ! (記事の中で引用している映画批評は、米国の電子版メディアから抽出しての大意翻訳です。)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。