映画「アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場(Eye in the Sky)」:ヘレン・ミレンが殺しを命じる時

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〔心を持たない殺戮マシンの裏側に居る人々〕

正直ぶっちゃけると、僕ズレ太はスマホも持っていないので、みなさんがやっている素敵な情報生活の事もさっぱりわかりません。

まぁ、それもそれで良いのかなぁ、と高をくくっていたんですけどね、気が付けば、自動車は自分で走らなきゃいかんと言う人が増えているし、証券や為替の相場なんて人工知能が牛耳っているとか聞きますし、もうアタフタって言うより頭ぽかーんです。

あと、ドローンもです。何年か前は、こんなに流行するとは思ってもいなかったんですよね。使い道を間違えると、操縦者ではなくて他人に危害を加えるものなので、やっぱり安全基準を決めて免許制にするべきじゃないでしょうかねぇ。

いわゆる、その凶器としてのドローンの特性・機能を、国家のために役立てている人も居る、と語るのが、ここでご紹介する

このテロが実行されたら、西側の一般市民に甚大な被害が出ます、そして今こそ、それを防ぐに絶好のタイミングです。幸い、MQ-9にはヘルファイヤーと呼ぶ強力なミサイルが装填済み。作戦本部は、偵察任務を掃討作戦へと切り替える事にしました。

しかし、その時です。一人のケニヤ人少女が、テロリストの館に入ってきたんです。見たところ、物売りの少女らしいのですが、すぐに出てゆく様子も有りません。このままでは、一般市民、それも子供を作戦の巻き添えにしてしまう、、、。

パウエル大佐と、フランク・ベンソン将軍(アラン・リックマン)らは、政府上層部の意見を求める必要に駆られます。しかし、政治家達には、この複雑な問題に即決の答えを出す能力は有りません。

そうこうして行くうちにも、テロによる大量無差別殺戮を一挙に阻止するタイミングは、どんどんと失われて行きます・・・

〔モラル的葛藤を効果的に描く軍事スリラー〕

この宇宙で、絶対的な善とか悪は存在しないと思うんですね。立ち位置が違えば、自分の生活圏では愛されている文化も、邪悪な行為とみなされてしまうんです。という訳で、悪はこの世から淘汰せねばならぬ、という思想にも、本質的な論理の脆弱性が備わっています。

結局、人間の全ての行いとうのは、功と罪の二つを同時に生み出してしまうものかもしれません。

一つの大問題が持つ、少なくとも二方向の意味合い間に存在する葛藤を、スリリングに描くというのが本作らしいですが、

「ギャヴィン・フッドの演出力により、緊張感の中で緻密に組み上げられたこの新作映画“Eye in the Sky”では、ヘレン・ミレンが、眼光鋭くターミネーター並みにタフで冷徹な戦術家として英国の大佐を演じている。リアル感さえ有るこの時期に公開され、落ち着いた中にも効果的な緊張感を見せるこの映画は、東アフリカにおける無人軍用機任務が内包する、戦術上、法的、あるいは倫理的な問題点を追いかけるものだ。そして、フッド監督の才能ある手腕は、ともすれば会議室での会話を並べるだけになりそうな本作を、ダイナミズムのある映画作品へと導いてゆく。(Washington Post)」

、とか、あるいは、

「無人兵器による攻撃が諸刃の刃である、という点に着目したのがこの映画“Eye in the Sky”である。監督のギャヴィン・フッド、そして脚本家のガイ・ヒバートらは、英国、ケニヤ、そしてアメリカの諜報部が協調活動するという恰好の良い見栄えの中へ、モラル的な複雑さを込めて作品を描いている。この作品では、驚愕するレベルの諜報活動が描かれており、自動制御兵器についてのハイテク知識は、トム・クランシーのファンをも喜ばせるだろう。(StarTribune)」

、と、前向きな評価が見られます。なんだか、題名が地味な印象もあるんですが、それだけに中身の濃さが光るのかもしれませんね。

ハイテクも、エネルギー問題とか食料問題とかを解決するのが出てくれれば有難いんですけどねぇ。どうしても、手元でいじれる情報関係とか小さな飛行機とかで、開発作業が進捗しやすいんでしょうね。

すごく新しいものの存在について、日本だけでなく各国のポピュリズム政党ってのは、たとえばメディアでそれが問題視されると翌日には全面的に取り締まったかと思えば、世の中の空気が逆に流れたとたんに、以前叫んでいた糾弾の矛先をさらっと引っ込めたり。その瞬間のウケが良ければみんなご機嫌、という事なんでしょうけど、いらない罪を生み出してる事も多いと思います。

その決断を支えるモラルが、本作の題材という事ですが、

「この映画の中、例え決断の過程が、熟慮と苦悩の末に包括的に成される様子だけを見たとしても、本作“Eye in the Sky”は、その中で隠そうともしない手法により、無人機による軍事行動についての政治宣伝としても存在しているだろう。それが抱く生来的な偏向を除いた時、本作は、国民が負託した公僕が仕切る軍事活動についてを描く、価値あるドラマだと言えるものでもある。(Washington Post)」

、との事も。

軍事スパイものスリラーには、いわば軍国主義的(言葉が良くないけど)な登場人物も必須ですが、

「最近他界したアラン・リックマンが、ミレンの役に相対する高慢な将軍を演じている。彼が、孫へ渡すためと思しき人形を購入する場面でも、また、官僚達の狼狽ぶりについて要点を得ていないと辛辣に見下す所においても、発するそのピッチは完璧というものを下回ることなどけして無いし、自然に的を得ているものだ。(Washington Post)」

だそうです。

最後に、

「そのフィナーレで、真実味が少し揺らぐ場面(男性が少女の母親の背中に軽く手を添える様子はイスラム世界では考えられない)があるにせよ、軍事行動が次のステップへ準備する傍ら、悪役とされる人物が見せる想定外のこの優しさは、心に焼き付く2つの映像となるだろう。そこには、何か邪悪な事を成さずに、自分の持つ善の概念を前進させる事は困難だ、と語られているようである。(StarTribune)」

とか。

誰かが勝利すれば、別のだれかが必ず泣いている、と言います。また、それを思ってただニタニタしていても、不当に襲われたり大事な物を奪われたりするのが、人間の世界です。

メディアに出ている知識人は、「みんなで考えるべきだっ」って仰りますが、僕みたなのにゃ考えても自分なりの結論さえでない事も有るんですよね。だとしたら結局、そんな事は忘れて、安穏と生きるのが一番良いのかもしれません。

はぁ、格安スマホ買おうかなぁ・・・。

参照元
Washington Post
StarTribune

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ズレ太

Author: ズレ太

いろんな事がズレまくってるズレ太です。 でも、意外とまじめですよっ! (記事の中で引用している映画批評は、米国の電子版メディアから抽出しての大意翻訳です。)

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