映画「トリプル9 裏切りのコード(Triple 9)」の前評判

〔汚れた英雄たちの企みが転げ落ちる想定外の展開〕

この世界には、真の意味で自分の力だけを頼りにやってる人なんて、実は一人も居ないと思うんですね。

たとえ、給料が入り始めて家賃を払える様になったとしても、そのお金の価値というのは、ほうぼうの力が寄せ集まって出来上がっている訳ですし、食べるもの着るもの、そして住む場所も、それなりな他人が作ってくれたものですから、自力で勝ち取ったというのは一つの平和な幻想です。

そして結局、社会人として上手くやるというのは、右から来たものを左へ、左から来たものを右へ手渡しする、という、非クリエイティブな作業にうまく折り合いをつけるために、自分に対して多いに妥協する、という事と同義でしかありません。

ヒトにとって妥協というのはコワいものでもあります。最初の妥協は次のちょっと大きい妥協への呼び水となり、そして次、また次と、気づいたら止まれない速度で坂道を直滑降している場合もありますから。

それで、そんな風に落ちる人たちが、世の中を守ったり正したりするポジションに就いていたら、そりゃあもう恐ろしい事になっちゃうんです、例えば、この映画「トリプル9 裏切りのコード(Triple 9)」の冒頭で、なにやらいけない相談をしている5人のアトランタ市警、マイク(キウェテル・イジョフォー)、マーカス(アンソニー・マッキー)フランコ(クリフトン・コリンズ・Jr)、ラッセル(ノーマン・リーダス)、そしてゲイブ(アーロン・ポール)らのケースもそんな喜ばしくないお話しの一つ。

もともと、素行には若干問題が有ったかもしれない彼らなんですが、今回の場合、外国のマフィアから強奪行為を強要されている様なんですね。アトランタの街においてそのマフィアを牛耳っているのが、イリーナ(ケイト・ウィンスレット)という謎の美女。なんか、牢屋に入れられた旦那さんの代わりに、彼の組織を動かしているのだとか。

まぁ、警察官ですから、いろいろと事情にも通じていたでしょう、まんまと銀行の強奪を成功させた5人だったんですが、汚い事に慣れてるからと言っても、このダーティな世界で何時も上手い事切り抜けられるとは限りません、気づけば彼らは、抜けられない泥沼に両足を取られている様です。

最初からイリーナは、5人を骨の髄まで利用しつくそうと考えていたのかもしれません。もっとエスカレートした要求を、突き付けてきたそうなんですよね。なんといっても彼らは、もう犯罪者集団、いつのまにか立場も逆転しているのかも。

そんな時、マーカスのもとに新人警察官が配置されてきました、名前はクリス(ケイシー・アフレック)。マーカスは彼に、先輩警官としてストリートの実情を教えながら、同時に嫌な事を思いついたらしいです。この若者を生贄のように使ったら、自分らが置かれた窮状から上手い事抜け出せるかもしれない、と・・・。

〔バイオレンスと犯罪をスタイルに取り込んで〕

名前は聞くけど、どんな場所かはっきりわからない、アトランタ。

ウィキしてみると、コカ・コーラやデルタ・エアーなど、名だたるアメリカ企業が本拠地を置く街なんだそうです。うん、その意味でも一流な大都会ですね。

産業と企業が集まると、金と人も集り、なんらかの文化、ダーティーな文化もまたそこで醸成、肥大化して行く事も十分ありそう、そんな着想から生まれたのがこの映画のシナリオかもしれません。

「その不気味な赤の中に居るふさぎ込んだ犯罪者の様子により、この映画“Triple 9”は、見る者を誘い込んでみせるだろう。ジョン・ヒルコートの演出による本作は、男達の悪だくみの様子から低く語り始めるもので、最初に注意を引き付けるべきその場面は、作風とムードを下地に敷く役割を見事に果たしているのだ。「(The New York Times)」

どっかで、チョロっと言った言葉が独り歩きをして、後々、自分にとって仇になるって事例も多く有ります、そう、口は災いの元なのです。そして、日々自分に対して言っている言葉、言い訳とか理屈のすり替えも、同じようにバックファイヤーみたく戻ってくる事も有ります、そして一度一線を踏み越えたら元の立ち位置へ戻るのは容易なこっちゃありませんから、気をつけないとだめです。

皆、人間には、そんな共通した弱さが有ると思うんです。

さてっ、オープニングでの掴みについては、もう一つ、

「ジョン・ヒルコート監督による、この“Triple 9”が見せるオープニングは、汚職警官、ギャング、そして窃盗団を扱う捻りの効いたストーリーについての、概略説明のような役割を担う。アトランタを舞台にしたこの物語にとって、この部分は、スティームの上に乗ったような湿度の高い質感が与えられているだろう。(Miami Herald)」

、という批評も見られました。

しかしまぁ、犯罪アクション映画としては、悪だくみは厭らしければ厭らしい程良いし、悪女は美しければ美しい程良い訳ですわ、そしてそこには、シナリオだけでなく、プロダクションデザインや編集のスタイルも必須ですよね。

「(作品中で)一人の子供が残酷なビデオゲームを楽しむ様子は、この監督に、現実のバイオレンスとフィクションは違う事、を示す意図が有った様にも思わせるが、しかしながら、そのシーンも一瞬で終わり何事にもつながらない。ヒルコート監督は、そこへ自身のニヒリズムを、たやすく、そして説得力をもって表しているのだが、それだけに、彼が、辛辣なジョークを持ち出そうとする時は、浅い考えの下でのかこつけだ、とも感じさせてしまう。そして、そういったジョークは、物語の中における唯一まともな人間でさえ、その首が何かによって締め付けられている、という設定上においては、特別な皮肉を表現してもいる。また、この監督には、必要な才能をキャスティングするセンスと、同じグループの中での親密感を描写する能力には長けたものが有る、というのも、事実だろう。(The New York Times)」

アトランタは、アメリカのメジャーなプロスポーツが集まってもいる、という事でして、そういう世界で、すんごぉ~く成功した人は、やっぱしどこかに不安定さを抱えているでしょう、だから、その高額な年俸の周囲には、悪い奴らが集まってきやすいはずです。ま、しかし、この話は深入りすると怖いから、止めておこっと^^;。

「ケイシー・アフレック演じるクリスが、物語の中心に位置していつつモラルの指標となる新人警官であり、その叔父にして上級警官であるジェフを、ウディ・ハレルソンが、“トゥルー・ディテクティブ”のような演技で、真実味のある“バッド・ルーテナント”として描写している。しかし、物語の感情面における中心は、キウェテル・イジョフォー演じるマイクにあるだろう。彼は、自分のチームが内部瓦解を起こさぬよう四苦八苦しながら、同時に息子との連絡をたやさぬよう努力してみせる。(Miami Herald)」

そんなキャラクター達、悪徳警官とは言え、やはり善悪の区別はあるので、ひょっとしたら元々自分が居た正しい世界へ、戻りたいと願っているのかも知れませんねぇ、要領よくそんな事が出来るはずないとは言うものの、です。

「ヒルコート監督は、観客をストリート上での射ち合いや流血へいざなうために、直接感覚が有るリアリティを用いて演出している。ただ、冒頭の素早い立ち上がり感を通り過ぎた後、この映画がキャラクター達の複雑な人間像とまとめ上げようとする段では、当初の熱も失われがちとなる。それでも、この“Triple 9”は、その興奮が冷めやってもなお印象を残す、満足できる汚職警官と強奪ものスリラーであると、評価されるはずである。(Miami Herald)」

オスカー前の閑散期に放り込んだ、という点から言っても当然の様に‘R’のレーティングとなっているのが、警官犯罪スリラーである、この映画「Triple 9」です。したがって、その分野の作品としては、バイオレンスや不道徳など、必要事項を十分に描き切る事が可能だったでしょう。

つまり、そこそこ汚れた大人が、自分のファンタジーを満たすために観るのであれば、そこに込められた毒も、ちょっとした薬に成り得るという、そんな映画なのかもしれませんね。

参照元
The New York Times
Miami Herald

ズレ太

Author: ズレ太

いろんな事がズレまくってるズレ太です。 でも、意外とまじめですよっ! (記事の中で引用している映画批評は、米国の電子版メディアから抽出しての大意翻訳です。)

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