映画「高慢と偏見とゾンビ(Pride and Prejudice and Zombies)」の前評判

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〔高慢と偏見だけで十分なのにっ、ゾンビっ!〕

僕らが、階級とか序列とかって言葉を聞くと、なんだかいつも楽しくない印象が浮かぶのは、人間の社会が封建的だった古い時代に発生した、多くの厭な事件の事を思い出すからかも知れませんね。

でも、制度的には残っていないとしても、この世の中が階級システムで出来ていて、それがあるからちゃんと機能しているというのも、一つの事実です。なにか一つの仕組みの内部には、ほぼ必ず高低の差が組み込まれていて、だからそれが働くためのエネルギーが利用できるんです。その意味で言えば、経済的格差が生まれるのも必然ではあるのでしょうね。

ただ、そのピラミッドみたいな階級構造も、どこまで下ったら終わりか?、という疑問は残ります。とりあえず底辺があるなら、それをぶち破って出来た穴を覗き込んだ時、その下の層には何がうごめいているんでしょう?

この映画「高慢と偏見とゾンビ(Pride and Prejudice and Zombies)」に登場する5人の姉妹は、18世紀のイングランドを舞台に、自分たちの階級制度を、ヒトの下に居るべき厭な連中の侵略から守るために戦います。

エリザベス(リリー・ジェームズ)筆頭にして、リディア(エリー・バンバー)、マリー(ミリー・ブラディー)、キティー(スキ・ウォーターハウス)、そしてジェーン(ベラ・ヒースコート)のベネット姉妹は揃ってお年頃。そして、お家の台所事情もいろいろ絡んで、5人とも猛烈婚活中の身です。

でもでも、美人ぞろいであるが故の不幸なのか、そうそう簡単に、自らに相応しい最高の旦那さんが見つかる訳でもありません。その上5人には、彼女らを忙しくする別の活動があるんです。

思えば、黒死病がイングランドに広まって多くが命を落としたあの時代、物語の発端はそこから始まっていました。なんと、伝染病により死んだはず人々が、何週間かすると墓場から這い出して来たのです。連中が求めたのは生きた人間の肉や内臓、そして脳みそでした。

今や、ロンドンの町はその生ける屍達に占拠され、生き残った人間の手で隔離される地と化しています。ベネット一家をはじめとする人々は、その周囲で生活のすべてを営んでいるんです。そして、その近郊を守るための戦士も存在しました。なんとそれがベネット姉妹なんです。

彼女らの両親、Mr.ベネット(チャールズ・ダンス)とMrs.ベネット(サリー・フィリップス)は、幼少の頃から、5人に戦闘のスキルを身につけさせ、日々生活の脅威になるゾンビ盗伐の任務を与えました。当然、ちゃんと婚活もしてくれないと困る、とは思っているみたいですけどね。

最近、Mr.ダーシー(サム・ライリー)と近づきになったエリザベス、でも、なかなか良い雰囲気にまでは発展しません。だって、男の人との間には、すぐあの肉体が半分朽ちた連中が、割って入るんですから。

さあ、人類の運命を託された5人の姉妹は、この世の中を守り切ることが出来るのでしょうか?、そして、その婚活の結果はいかに・・・。

〔人間模様とゾンビ狩りを抱き合わせる試み〕

ゴーストやエイリアン、あるいはUMAの都市伝説とか噂は良く聞く事が出来るんですけど、ゾンビが現れたとか、誰かに目撃されたとかいう話って、オカルトの世界からもほとんど耳にしません。まぁ、こいつが一匹発生しちゃうと、あっというまに世界が屍に支配されるという事で、現実との接点があんまり作り込めないんでしょう。

でも、映画の中は別ですし、“もし~たら?”、というのを描くのが娯楽映画や小説で、結果的に、ゾンビの人気はそっちの分野の方では根強いって事になりますね。

と言う事で、映画界では、いろんな試みが生まれてくるのですが、今回の一本は、ジェーン・オースティンが記した名作小説「高慢と偏見」に、ゾンビのウィルスを感染させる、っていう趣向の話になっています。

それで、

「監督と脚本を務めた、バー・スティアーズは、これまで例えば、“10日間で男を上手にフル方法”のような、人間関係コメディーを手掛けてきた訳で、それがここでは、いくつかの疑問を感じさせる原因になるだろう。例えば、一人の映画製作者だとしたら、本作“Pride and Prejudice and Zombies”にはどの程度の愉快さを求めるだろう?、とか、それはどんな種類の笑いだろう?、無表情だから愉快な感じ?、などや、力ずくで笑わるとか?、また、その血のりの量は?、エキサイティングにする?、そして、それらいくつかの語り口を、まともな仕上がりで知的に愉快な映画の中へ、いかに両立させ得るのだろう?、という疑問である。もちろん、スティアーズ監督は、スクリーン上でその答えを示してくれる。とは言え、私の見立てでは、この映画を成功させるために必要な分類作業の、おおよそ半分程度だけが、終了しているという印象なのである。(Los Angeles Times)」

あるいは、

「リリー・ジェームズも、原作に忠実な話の中でなら、相当良いエリザベス・ベネットを演じられただろうし、その甲高いながらもかすれた、独特の声質が際立つサム・ライリー演じるMr.ダーシーも、脳みそが食われないほうの世界でなら、興味深い存在になれた事だろう。(Los Angeles Times)」

などと、本作にはそう言った渋めの評価を見ます。ただまぁ、一つのゾンビホラーをどう評価するかは、その人の持つ世界観や、ゾンビ観と映画観によるのですけどね、、、、、

「もし、この“Pride and Prejudice and Zombies”というタイトルが、面白いお戯れとして響くのであれば、金を払って鑑賞することに異議は無い。しかし、以前も似たような歴史ホラーものを観た経験を持つ私自身には、それなりの気がかりも有ったのだ。そして残念な事に、その不安が現実となってしまったのだ。(Boston Herald)」

とか、厳しい見方ですねぇ。

どっちにしても、ゾンビにウィットを乗っける作業自体が、かなり難しい仕事だろうと思います。

「結局、ほうぼうで破裂したり首狩りがなされたりしていても、本作“Pride and Prejudice and Zombies”は単調な映画である。そのアクション場面は、やかましく見ずらいだけの騒動へと帰結するだけだ。結局、先にあげた語り口に関する問題は、解決には至らなかったと言う事だろう。(Los Angeles Times)」

あるいは、

「この映画の105分は、まとまらない演技、酷いゾンビ退治の場面、命中したの外れたのといったジョーク、そして時代めいた衣装だけで成り立っている。これがジョークで笑わせるための一作だ、などと評する事自体、過度な称賛の送り過ぎである。(Boston Herald)」

という事ですが、どんな作業でも、いろいろ最初の発想に盛り付けてゆくうちに、当初のウィットが見えなくなってしまうんですよね。

ゾンビの最大の魅力は、一度、人間もゾンビ化してしまえば、生と死、感情や哲学の問題から離脱できる、という所にあるでしょう。虚無の中に、ただ衝動と行動だけが残っているという、それがゾンビさん達ですからね。

と言う事は、まぁ、、、映画業界の中のゾンビは、ただ無為に増殖しつづけるという事につながるんです。ひと時だけ収益をもたらしすぐに忘れ去られるとしても、それこそゾンビさん達の本望なんですよね。

最後に、

「監督のバー・スティアーズは、たとえば“17歳の処方箋”などを含む作品群を持つアメリカ人である。それはつまり、この作品のために彼が出来る事はほとんど無かった事を意味する。ここで彼がしこんだ物とは、ものすごい音響効果で観客に耳鳴りを起こさせるという程度の事である。この“Pride and Prejudice and Zombies”は、押し寄せるゾンビ映画のツナミ、うまく乗っかったものであろう、しかしながら、もちろんこれは、ジェーン・オースティンの世界でもなく、一つのホラー映画でもあり得ない、ただの、こっけいな一本である。(Boston Herald)」

PTA的には良くない言い方ですが、一度死んで人間より1ランク落ちた連中なら、いくらバッサバッサ切り倒しても破裂させても、なんら罪の意識を感じる必要もない訳で、階級社会の底辺にいる僕らにとってその様子は、最高のウサ晴らしとなるのだけは確かです。

ま、それも、絶対に在り得ない、というゾンビさん達の性質があったればこそ、の話なんですが、ホント、居ないですよね?、、、えっ?。

参照元
Los Angeles Times
Boston Herald

ズレ太

Author: ズレ太

いろんな事がズレまくってるズレ太です。 でも、意外とまじめですよっ! (記事の中で引用している映画批評は、米国の電子版メディアから抽出しての大意翻訳です。)

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