映画「Daddy’s Home」の前評判

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〔W・フェレル × M・ウォールバーグ ダディ―勝負だっ!〕

生物学的な発生の原理と、そのプロセスを鑑みた時、僕ら男子は全て、ライバルと競争をし、それに先んじる事でのみ、自分の地位と生きるべき場所が与えられるというのは、動かしがたい事実であります。

かのダーウィンは、強い者ではなく環境に適応した者が生き残る、なんて名言を残されたようですが、でも結局の所は競争がはじまっちまえば、前を行く相手を引きずり倒してでも先へ出ようとするプレイヤーが勝つんですよね。

それは太古の時代から、僕らが受け継いできた性質そのものなんです、、、

でも一方で、僕らは原始的な生物ではないので、劣勢に立たされた時でさえ、努力や工夫で立ち向かうという事が出来ます。例えば、この新作映画「Daddy’s Home」の主役である男性、ブラッド(ウィル・フェレル)の場合などがそう。

彼は、地方のラジオ局で重役を務める、まぁ、まじめで控えめな男性。

そんな人柄が功を奏したのか、ちょっと前にサラ(リンダ・カーデリーニ)という美人の奥さん、そしてその連れ子である二人の子供達、メーガン(スカーレット・エステベス)とディラン(オーウェン・ヴァッカロ)という新しい家族に恵まれました。

ブラッドにとっては、これからは、精一杯、幸せな家庭を築いて行こうっ!、と言ったところだったのですが、人生、何が起こるかわかりません。

なんと、サラの元夫で子供らの実父でもある、ダスティー(マーク・ウォールバーグ)が、突如、彼らの元に舞い戻ってきたのです。

サラはともかく、二人の子供がどちらの父親を気に入るか?、そんな事、考えなくても解る事です。ワイルドでスポーツに長け話も面白くマッチョな、ブラッドにはない全てを持ったダスティーに決まってるじゃないですか。

当初は、妻の元夫と大人らしい付き合いをしようと努力していたブラッド。でも、度重なる屈辱的な体験から、ついに子供らの信頼を取り戻すべく、ダスティーとの競争に身を投じる事を決意したようです。

ただ、、、その姿が、子供らにとってただのお笑いに見えていないか、ちょっと心配な所なんですけど・・・。

〔クールな無表情でも勝負にかてる、、、かな?〕

えぇえぇ、解ってますとも、いざ勝負になれば、背が高くイケメンのスポーツマンでIQと学歴があって一部上場企業に勤めている男、の方が勝つに決まっているんです。

だから、僕みたいな小物は、その勝ち組の人達が取りこぼした何かをみつけて、せこくやって行くしかない訳ですね^^;。

ま、映画の方に話を戻すと、ちょっと“覚醒”しただけで、”制服”まで達成してしまった、例の怪物映画に対して、その劣勢を覚悟の上で体当たりしていったのが、本作「Daddy’s Home」です。

「それをウィル・フェレル映画の一つと見たとき、本作“Daddy’s Home”は、“アザー・ガイズ 俺たち踊るハイパー刑事!”、および、“ペナルティ・パパ”などから生まれた、出来の悪いご愛息、と捉えれば解りやすいだろう。“俺たちニュースキャスター”にあった笑いに届かない、とは言いつつも、フェレルによる別作品、アルコール漬け離婚ものドラメディーであった“Everything Must Go”の、底なし沼の中へは落ち込まないですんでいるのが本作だ。(The Washington Post)」

とは言え、SW7の席巻する世界に、あえて身を投じてみれば、2週連続で2位を維持しているのが本作です。まぁ、不利を承知でもやる気をだして前に出れば、その姿勢を買ってくれる人は必ず居る、と言う事なのでしょう。

「ショーン・アンダース監督が、ブライアン・バーンズと共に書き上げた脚本を元に撮影した本作は、制圧と無能について残酷に描いた、見る側の身を固くさせるようなコメディーであろう。(The New York Times)」

、、、という評価もありますが、不器用な人間が力いっぱい挑戦して失敗する様子に、失笑を引き起こすのではなく愛らしさを感じさせる、というのも、本作のようなコメディーの目的ではないでしょうかね。

そして、アメリカのコメディーファン達からは、一応、その辺も良い評価を得ている様ではあります。そして、その主役の二人については、

「ストーリー上の、過度に感情的で繰り返し失敗するアンチヒーローとして、ウィル・フェレルの演じる不器用な道化師役には、確固たるものが有るのだろう。それに対するマーク・ウォールバーグは、彼の相手役の気概の足らないギャグを確立させる、ストレートな男の役割を演じ切ってはいる。しかし、変な所で無表情なダンスを見せる場面をのぞけば、そんなウォールバーグには格別に笑えるという所は見られない。(The Washington Post)」

とか、

「ここでのフェレルは、ブラッドの役にある程度のコメディー感を与えようと、楽しげにトライしているのだが、一方、映画のほとんどの部分で、その表現はサーチライトに照らされて固まった子鹿のごとく停止している、とも言える。また、少しばかりのコメディーセンスに恵まれたウォールバーグのほうは、ただ単調である。彼は、ダスティーの内部にある悪いたくらみを、無表情な愛想の下部にカムフラージュして見せるが、そこにコメディーが含められているという事も無いのだ。(The New York Times)」

などと書かれても居ますね。

あぁー、まぁですね、プロの批評家さん達というのは、ただ無防備にコメディーを笑っていれば良い、という訳ではないから、(たとえ無料の招待だとしても)試写会でそれを楽しむなんて気分にはならないのですよね。

だからこそ、メディアの上で批評を書き続けられるというモノですよ。

さて、ご存知の通り、僕ズレ太はしょうもない小物なので、およそ生物学的な勝負には勝ち目がゼロと言われても仕方が有りません。

でもなんとか、なんとか今年は、ブログ界の中でちょっとずつ這い上がって行きたいなぁ、、、と願っております。でも、これまたGグル界という次元においても、遥かに強い先駆者がたくさん居るのが事実で、検索結果に混ぜてもらえるのは、まだまだ先の話のようです。

どんなモノでも、生存競争は厳しいっす(>o<)、、、ではまたぁ・・・。

ズレ太

Author: ズレ太

いろんな事がズレまくってるズレ太です。 でも、意外とまじめですよっ! (記事の中で引用している映画批評は、米国の電子版メディアから抽出しての大意翻訳です。)

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