マット・デイモン主演の風刺SFドラマ:映画「ダウンサイズ」の評価とあらすじ

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予告編と作品基本情報

  • タイトル:
    • Downsizing
    • ダウンサイズ
  • 制作:
    • 2017年 Paramount Pictures / Ad Hominem Enterprises / Annapurna Pictures

大きけりゃ何でも正解…ではない

おそらく1950年代以前から、巨大予算を投じた超大作映画は、それだけで観客達の目を引く事が可能で、従ってヒット作にもなりやすいものであったはずです。

大きな風呂敷は人目を引くし、その上に有名な俳優や監督、そして分かりやすいアドベンチャラスな脚本を並べたら、その前に立ち止まらない人はいないはず。

しかし、時を経て、21世紀になった昨今では、観客の目を満足させるに足りる映像効果も、家庭用のPCでディジタル画像処理を行えば作れてしまう様になっています。良い映画であるために必要なのは規模ではなくて製作者のアイディアだ、という時代になった訳で、これは、才能やセンスの有る人々にとって、とても良い事だと言えましょう。

ただ、原始の時代から、サイズコンプレックスの中で生きてきたのが人間という動物ですので、その価値観を大きさから意味・密度などへシフトする既得権からの強烈な抵抗が有るのも事実。ですが、物のサイズを小型化して行くのは、やはり時代の要請でもあるのです。

物理的に言っても、大きなサイズの中身は薄くなりやすいですし、小さいモノの中は濃密にしやすいもの。そして、1人の人間を満たして豊かにする事を考えた時でも、これは同じです。

さて、新しい資源を採掘する事より、人類その物が小さくなれば、相対的に豊かになれるという、ある種の逆転の発想を基に書かれた物語が、ここで紹介する映画「ダウンサイズ(Downsizing)」なのだそうです。

これは、奇抜さの中に社会風刺を込めた、SF系のコメディドラマという事なのですが、どんなお話なのでしょうか?

あらすじ

時は、今(!いつの今?)から少し先の未来、場所は合衆国ネブラスカ州オマハ。

その街で、作業療法士として働く男性、ポール・サフラネク(マット・デイモン)は、妻のオードリー(クリステン・ウィグ)と共に、つつましやかだけれども幸福に暮らしています。

ポールは、そろそろマイホームが欲しいと思ってはいますが、世の中全般に景気も良くなく、大きな負債を抱える事には躊躇せざるを得ません。

ちょうどそんな頃、高校時代の同窓会が開かれ、オードリーを伴ない参加したポールは、そこで驚くべき再会を果たします。なんと、旧友のデイヴ(ジェイソン・サダイキス)が、妻のキャロル(マリベス・モンロー)と共に身長を5インチ程に縮小した姿で現れたのです。

実は、10年くらい前にノルウェーの研究者が確立した、人間の細胞サイズを縮める技術を使った、いわば縮小ビジネスが、既に立ち上がっていました。

もともとこれは、地球の資源枯渇問題に対する解決策として考え出された技術ですが、今は、経済的な理由で縮小を求める人が多いそうです。体を縮めた事への物理的な恩恵として、必要とする物や食料が脅威的に少なくなるからです。

今、小型化している人々は、15万ドルを初期費用として支払った後は、一生働かずに高級品に囲まれた豊かな暮らしをしているそう。

この現実が、ポールとオードリーの生き方を大きく変えた事は、言うまでもないでしょう。程なくして2人は、ノルウェーにある縮小施設を訪問する事になりました。

そこには、小さな人々が楽しくくらすレジャーランドという場所が存在し、会社の販促員(ニエシー・ナッシュ)から様々な説明を聞いても、この生き方がベストの様に思えてきます。ポール達が契約を結ぶ事になるまで、さほどの時間はかかりませんでした。

そして、2人は、新しい世界に希望を託して、縮小化処理を受けます。

実際に小さくなって生きる世界は、確かに物質面では満たされていて、新たな隣人となったデュサン(クリストフ・ヴァルツ)の様に、毎日パーティ三昧という人物も居る程。

しかしある時、ポールは1人のアジア系女性と出合いました。彼女の名前は、ゴク・ラン(ホン・チャウ)。義足で生活している彼女は、豊かなはずのこの世界で、何故か、人の家の掃除などをしながら生活しているようです。

不思議と、彼女と親しくなったポールは、彼女がここへやってきて、安い仕事をしている驚くべき理由を聞かされます。そのストーリーからは、レジャーランドの真実の姿すら垣間見える様に感じられます。

レジャーランドの幸福は、はたして永遠のものなのでしょうか?、ポールは、このまま夢の様な人生を送り続ける事が出来るのでしょうか?・・・

キャスト&スタッフ

  • 監督:
    • アレクサンダー・ペイン
  • 脚本:
    • アレクサンダー・ペイン
    • ジム・テイラー
  • 制作:
    • ダイアナ・ポーコーニー
    • アレクサンダー・ペイン
    • ジム・テイラー
    • ミーガン・エリソン
    • マーク・ジョンソン…他
  • 出演:
    • マット・デイモン
    • クリステン・ウィグ
    • ホン・チャウ
    • クリストフ・ヴァルツ
    • ジェイソン・サダイキス
    • ロルフ・ラスゴード
    • ウド・キア…他

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究極の人類救済の真実を描くストーリー、気になるその評価とは?

知的生命体が進化・発展をすると、生きるのに必要なエネルギーを極限まで減らす目的で、究極的には肉体を分子レベルまで小型化するだろう。そんな学説や俗説も、実際に有るそうです。

大きい存在である(あるいは、その仲間である)事が、自分の存在の意味(力)である、という考えをお持ちの向きとしては、到底、承服しかねる話かもしれませんね。

まぁ、地球における資源が有限であり、入手するためにコストがかかる事を考えると、やっぱり、ひたすらサイズ面での成長を追求するスタイルにも、そろそろ限界が近づいているのは確かです。

大きくなる事以外で、これからの未来を人類が生き残るための解決策としては、例えば、ゼロポイントエネルギーを見つけるとか、そんなものしか思いつきません。

奇抜さで遠ざける一作

小さいものが大きいものに抗う、という構図は、大昔から見られて今現在も継続する事象とも言えます。欧米先進国を狙うテロリズムなんかも、そういった戦いの一種ではあるでしょう。

小い側はフットワークと効率に長け、大い連中は腕力と影響力を武器に戦います。究極的にどちらに分があるのかは、これからの歴史が決めて行く事です。

まぁ、この映画は、他のアクション映画がモチーフにしがちな、そういった争い事ではなくて、サイズに関係なく人間が引きずっている性みたいなものに、焦点を当てた物語らしいです。

そんな本作には、先ず、

「それが、完全に崩壊しようとするまでもなく、あるいは、誰かの思い付きで書かれた物語だと感じさせる必要すらなく、この映画『Downsizing』は奇妙にも愛嬌に欠ける作品である。そこに描かれる場所は訪れたいとも思わせないし、その世界観は踏み込んでみたいとも感じさせない。この映画を鑑賞する事自体が何か作業のようであり、それを包み込むムードは希望が失われた後の落ち込み感と言うべきものなのだ。この中での、マット・デイモンとクリステン・ウィグの2人が、期待感に満ちた熱い視線をダウンサイジングへ投げかける時、観客としては、監督のアレクサンダー・ペインと脚本家のジム・テイラーらが、中流階級のつつましやかさや、肉体を変更し社会から逸脱してまでアメリカ的豊かさを得ようとする2人の人物に向けた、彼ら独特の視線を通してそれを見るしかないのだ。最終的にも、この映画『Downsizing』が基本的な着想から昇華する事はないし、そこに内包しているはずの意味を発展させる事もない。この『Downsizing』自体が、アイディアのままで置かれた方が良い、1つの偉大な思い付きだったと言えるだろう。(SFGate)」

、と言った様な、ちょっとネガティブな批評がかかれていました。

難解で、方向転換するストーリー

主演がマット・デイモンで、かわいらしくも小さくなった人々を描くドラマである本作は、ひょっとしたらウォルト・ディズニー・カンパニーとか、スタジオジブリとかのテリトリーに置かれるべきものだったかもしれません。

しかし、実際には、この映画は、コンセプト的にもストーリー的にも、複数のひねりを加えたもののようで、それは、究極の問題解決を手に入れた後の人類が抱える皮肉、などを込めたストーリーであるようです。

そんな本作について、別の所では、

「アレクサンダー・ペイン監督による映画『Downsizing』は、本年でも最も理解に難しい映画の一本である。本作は、その筋書きの中にシャープな方向転換を持つものだ。まるでそれは、小さな人々を描くだけの1つのストーリーが進行中に、その方向性を、人に動かされやすい人物が最終的には自立を達成し本来の希望を見出す、という物語へ、改良を試みたかにも感じさせる。映画会社が、大予算でつくるスーパーヒーローもののみに出資をし、昔に作られた様な挑戦的でアイディアが込められた大人向けコメディを、人々が懐かしんでいるだろう今の時代においては、この映画『Downsizing』は、信じがたい程に野心的な見栄えを与えられているものだ。だとしても、その本質にどのような意味があるのかを見出す時は、心地よいとは言えない気分になるだろう。本作はまるで、頭でっかちな誰かがしでかした、無視できない失敗だと呼ぶべきかもしれない。(Detroit News)」

、と、ひねりの部分が逆効果のようになった印象の批評もあります。

しかし、まぁ、サイズと豊かさ、力と勝利などの意味は、深く考えてゆくとなかなか意味深く、そして屈折した問題ではあると思います。

空想、皮肉、考察、そして称賛

まぁ、仮に、このモチーフに(最近ではあらゆる娯楽映画を統括する姿勢を見せている)WDC辺りが出資して映画化させたなら、派手な冒険コメディとして作られたはずです。

そして、そういったスケールメリットに頼む映画作りが、とうとう限界を露呈したのが、2017年の8月だったとも言えるでしょう。

映画作りに一番必要なのは、技術や演出よりも基本的なアイディアだという事が、ますます感じられる昨今、そんな角度からも興味を引かれるのが、この映画「Downsizing」だと言えるでしょう。

そんな本作について、最後に、

「ハリウッドが、いかに、オリジナルの物語を作らなくなったかをご存じだろうか?。この映画『Downsizing』は、そんな事情を正してくれる一本である。奇抜にして素晴らしい本作は、ストーリーが右に行くかと思う場所で左に、左かと思わせる場所では右に進んで見せる。この、空想力の翼を広げて飛翔するような物語は、奇抜さ、屈折した笑い、社会風刺、さらには、人間の本質にある欠点と高貴な志についてのかなり深い考察などを、驚くべきバランスの上で露わにしてみせる。監督であるアレクサンダー・ペインの他の作品にも見られる様に、本作での多くの笑いは観察眼から生み出されたもので、そこには、皮肉が込められているのも明らかだ。ペイン監督は、彼の周囲で起きている社会的、政治的、そして環境問題に関する種々の劣化に、その心を痛めているのである。そして、絶望に屈する代わりに、この監督は、人間の中の最悪と最良の間で起きる葛藤を、前向きに見つめる事を選んでみせたのだ。(The Washington Post)」

、と前向きな批評も書かれていると、お伝えしておきましょう。

ヒトは結局救われない・・・

一般に、クジラや像は、ヒトより遥かに大きな肉体を持っていますが、自然界で遭遇したとしても、めったに人間を殺しません。彼らが攻撃にでるのは、よほどの理由が有る時のみ。

一方、体格では小さい人間の側は、ビジネスという勝手な理由から、そういった動物を虐殺している訳です。つまり、力が強いものではなく、利己的で残虐なものの方が争いに勝つ、というのも、人類を取り巻く世界における1つの真理のような気がします。

利益とか生存という言葉の中に答えを見つけた時、人間は、小さな矛盾や問題を簡単に忘れる事ができ、他者に損失を与えるのも無頓着になる。これは、僕ら全員が持つ基本的な性質です。

だからおそらく、人間が小型化されて資源問題などが解決される未来が訪れたとしても、その世界の中でも、差別は生まれ、争い事が起きるのでしょう。

人間の残虐性という本質的な欠点は、どんな技術をもってしても取り繕う事はできないのです。

それではまたっ!

参照元
SFGate
Detroit News
The Washington Post

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ズレ太

Author: ズレ太

いろんな事がズレまくってるズレ太です。 でも、意外とまじめですよっ! (記事の中で引用している映画批評は、米国の電子版メディアから抽出しての大意翻訳です。)

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