デル・トロとUMAとロマンス:映画「ザ・シェイプ・オブ・ウォーター(原題)」の評価・あらすじ

〔広告〕

予告編と作品基本情報

  • タイトル:
    • The Shape of Water
    • ザ・シェイプ・オブ・ウォーター
  • 制作:
    • 2017年 Bull Productions / Double Dare You / Fox Searchlight Pictures

高等生物ならばこそ

話によると、1950年代の中ば、第34代合衆国大統領であったドワイト・D・アイゼンハワーは、外宇宙から飛来したエイリアンとの会見を実現し、アメリカと彼らの間に一つの協定を成立させたと言います。

その協定では、合衆国政府がエイリアンに対して、北米大陸での人間を対象にした生体実験を許す見返りとして、彼らの超技術を独占的に供与される約束を得た、というのです。

しかしながら、100光年も遠くからワームホールを通過してやってきた、超絶科学の持主である彼らが、いかにその時代の地上の大国であったとは言え、50年代のアメリカなぞとわざわざ協定を結ぶ必要が有ったのか、そこは疑わしい所です。

まぁ、夢は有るけれど真偽のほどは分からない、そんな陰謀オカルト説の一つがこのストーリーと言えるでしょう。

仮に彼らが実在したとして、エイリアン連中から見れば、人間なんて地上に上がったウーパールーパーとさして変わりませんから、もし彼らが地球に来ていると言うのであれば、どちらにしても生体実験が行われているのは確実な気はします。

同時に、エイリアンアブダクション問題が、所詮、都市伝説の1つに過ぎないと言うのであれば、自分より下等だとみくびった相手には凄く酷い仕打ちでも平気で行うという人間の本質的な残虐さを、深いところで皮肉った話なのかもしれません。

さて、冷血な残酷さ、そして、献身的な優しさ、その両方を同時に備えるのが人間性というもの。そんな説明のつかない矛盾をはらんでいるからこそ、映画の基本的なモチーフとして面白い訳です。

今回ご紹介する映画「The Shape of Water」は、そう言った2つの性質の真ん中に、一体の異生物を置いて描かれた、ファンタジックでロマンチックかつスリリングなドラマのようです。

監督を務めたのは、誰あろう、あのギレルモ・デル・トロです。

あらすじ

時と場所は、1962年のボルチモア。

この街で静かに暮らしている1人の女性が居ます、名前はエライザ(サリー・ホーキンス)。

彼女の仕事は、政府の研究機関を夜間に清掃するというものです。

実は、子供の頃にあった悲劇のため、エライザは言葉を発する事ができなくなっています。手話でしか表現できない彼女のために、同じ職場ではたらくゼルダ(オクタヴィア・スペンサー)は、時折、通訳のような役目をしてくれます。

そんなある時の事。この、声を発しないという彼女の特質が買われたのか、エライザは、施設内の閉鎖された秘密実験室の清掃を任命されました。

ただ掃除だけをして何も見ずに部屋を退出しろ、そんな命令通りに夜間清掃を始めたエライザ。見ると、その部屋の中央には巨大で不気味なタンクが設置されています。おそるおそる近づくと、その水の中に何か大きな生き物が居る様子です。

実は、それは、政府がアマゾンから極秘裏に連れてきた半魚人のような生きもの(ダグ・ジョーンズ)。現地の人間が神と崇めていたこの新種の生物を、彼らはむりやり奪ってきたのです。

政府がその生き物を閉じ込めているその目的とは、各種の残酷な生体実験を行って、ソビエト連邦よりも先に正体を突き止める事だけです。その研究の過程では、驚くべき事に、この水棲生物にはコミュニケーションが可能な知性が備わっていると判明しました。

このプロジェクトを指揮しているのは、任務の遂行だけが生きがいの冷淡な男、リチャード・ストリックランド(マイケル・シャノン)。

一方、始めの出会いから、この生き物に不思議と魅かれたエライザは、様々な方法を試しながら徐々に意思の疎通を確立してゆきます。そして、水槽の中にいると、音楽を供に楽しみ、夜食のゆで卵を分けあう程に親密になる彼女。

2人の間には、いつしか奇妙な恋愛感情の様なものが生じ始めました。

でも、タンクの中の彼に対するストリックランドの酷い仕打ちは終わる事なく、エライザもそれを受け入れる事ができないと考えた時、彼女は、彼を救い出す事を決心します。

ゼルダや、同じアパートに住んでいる男性ジャイルズ(リチャード・ジェンキンス)、そして良心的な研究員のロバート(マイケル・スタールバーグ)らの力を借り、彼を救出する一大作戦を決行するエライザ。

なんとか、研究施設から彼を連れ出す事ができましたが、もちろんストリックランドも死に物狂いで追跡を開始します。

水が無ければすぐに死んでしまう彼を、政府の追跡も交わしながら、エライザは本当に救う事ができるのでしょうか?

キャスト&スタッフ

  • 監督:
    • ギレルモ・デル・トロ
  • 脚本:
    • ギレルモ・デル・トロ
    • バネッサ・テイラー
  • 制作:
    • リズ・セイヤー
    • J・マイルズ・デール
    • ギレルモ・デル・トロ
    • デヴィッド・グリーンバウム
    • マシュー・グリーンフィールド
    • ダニエル・クラウス
  • 出演:
    • サリー・ホーキンス
    • オクタヴィア・スペンサー
    • マイケル・シャノン
    • リチャード・ジェンキンス
    • ダグ・ジョーンズ…他

〔広告〕

半魚人と女性のロマンスを描く物語、気になるその評価は?

文化や外見など、異種のものとの間に常に一線を引きたがるのは、人間の生物としての本質的な性質です。

逆説的に言うと、境界線を越えて引かれ合う心の間には、特別に純粋で強い繋がりが生まれている、とも考えられるでしょう。また、そういう親愛関係が、人の持っている最大の美徳でもあります。

映画としても、異生物間の親密な繋がりをモチーフとしたものの中に、クラシックの傑作がいくつか有る訳で、物語の作者としても、何かのメッセージを込めやすい題材だと言う事になりますね。

今回は、そんなテーマが、ギレルモ・デル・トロの屈折したような世界観の中で、浮き彫りにされているようです。

美女と怪物と繊細なファンタジー

とある国の映画産業には、メッセージを込めようとすると、過剰な感傷主義を売り込む映画になってしまうという文化も、若干見受けられます。

それ自体が悪くはないものの、より大きなイマジネーションを大きなパレット上で描いて見せる、デル・トロ作品の数々に比べると、力負けの感も否めません。

まぁ、好みは分かれると思いますが、とにかく、彼固有の空想世界を展開する本作の作りには、

「この映画『The Shape of Water』は、スクランブルがかかった内容を持つ一つのおとぎ話であるとともに、遺伝子操作を受けたモンスターもの映画であるとも言え、そのどちらにしても素晴らしい出来の一作になっている。監督兼脚本家であるギレルモ・デル・トロは、自身がこの分野のマニアであり、映画のクラシックやコミック、そして神話的原型をも上手く取り入れながら、自分の抱いている異様な映像センスを加えて、映画を作品というより発掘された何かのような見栄えに作り上げる。それは、むしりとられた文化的な空間に、色彩と音声、そして形を与えるような過程である。本作を観る者は、ここでの異種生物間のロマンス物語を、デル・トロ監督がいかに大きく広げ、ナチュラルさを与えながらも恐ろしさは抑え込みつつ、ピュアで適切な描き方をしたかについて、驚嘆するはずである。(The New York Times)」

、という強く前向きな評価が観られます。

実際の所、主人公の半魚人がどんなルックスか、などという問題は、この映画にとっては公開前のバイラル広告のネタにもならなかったでしょう。

主題的には、危険を冒しても好きな誰かを救おうとする、キュートな愛と勇気の物語だとも言えそうなのが本作で、

「それは、表面の下に偏狭さと貧弱さが小川のように流れ、それでいて、やさしさと美しさも同時に感じ取る事が可能な一作である。本作『The Shape of Water』は、鮮やかな色合いと深い影に彩られ、ミュージカルのように飾り立てられていながら、漫画のように明るく犯罪映画のダークさもかね備えている。デル・トロ監督が、優しさや繊細なジョーク、そして優美さを溢れ返させるために時間を割き過ぎない部分では、その入り組んだプロットもスムーズに展開していると感じられるだろう。そして、この映画『The Shape of Water』について、最も顕著で歓迎すべきポイントとは、中心に置かれたカップルを取り囲むように溢れる情感なのである。(The New York Times)」

、と言った評価も書かれています。

古くて悪さが残っていたあの時代

60年代の秘密施設を再現した、やや薄暗い背景にも、独特で魅力的なムードが漂うのが、この映画「The Shape of Water」でしょう。

同時に、その時代のクラシカルなモンスター映画であれば確実に悪役として設定された生き物が、どこか愛らしく親近感を醸成する役になっているのも、ここでは大きな個性と魅力のはずです。

そんな本作について、別の所では、

「よりアダルトなテーマを持っているとは言え、同監督の他作品同様に、この映画『The Shape of Water』もまた、ロマンチシズムの中を遊泳してゆくような一作である。これは、おとぎ話におけるノワール映画であり人間の残酷さを指摘する話で、同時に、求めあうハートの触れ合いを描くというものだ。ギレルモ・デル・トロ監督は、ここでの鱗(うろこ)に覆われた主役を創造するために、古い映画が扱ったような苦境や比喩を再訪している。そして、このエラ呼吸の生き物には、ダグ・ジョーンズの演技により魅惑的な人間性と、恋愛に対する崇拝といった要素が与えられている。(USA TODAY)」

、と言った事が書かれてもいます。

当然、キャスティングの肝は、半魚人役のダグ・ジョーンズでもあります。ちなみに彼は、「バイバイマン」で超怖いデーモンを演じて、世界中のティーンを震え上がらせた人物です。

さて、1960年代と言えば、東西冷戦の最中で、世界が第3次世界大戦に向けて日々近づいていた時代です。そして、そんな風に狂った世界を柔軟な視点から振り返られるのも、21世紀の今だからこそと言えるでしょう。

それ自体、人類の一つの進歩かもしれませんが、とにかく、この古い時代を題材にした本作については、

「宇宙開発競争が最高潮にあり、世界中に緊張が走っていたという時代に合わせた、本作における背景設定には、1つの興味深い感情性が見られるだろう。そういったパラノイア的枠組みの中、ストリックランド役のマイケル・シャノンは、劣化して方向を見失ったたモラルを、間違い様の無い悪役として表現してみせる。その横では、主人公の側に立つ科学者として、マイケル・スタールバーグが場のバランスをとっている。毎日の様に悲劇のニュースを見聞きしている現代の観客層には、人間こそがモンスターなのだという、ここに響く主張も明確だろう。そしてまた、このファンタジーにギレルモ・デル・トロが込めた最大の魅力は、憎悪や不寛容の海におぼれた世界で、2つの全く違う生き物がいかに引かれ合うかという部分から感じられるはずだ。(USA TODAY)」

、という評価も書かれている事を、最後にお伝えしておきます。

秩序は弱者冒涜の構造を意味する

映画やドラマの中だと、国家機構の上の方に居場所を確保した政治家や官僚は、大抵、正義感が劣化し腐敗していて、酷い陰謀や謀略に加担して描かれるものです。

そこには、上から目線になると価値観が変わってしまうのがヒトの本質なのだ、と言う主張が見て取れます。

でも、人間よりも上の存在、例えば、アイゼンハワーが面談したという、外宇宙から飛来したエイリアンの場合はどうなのでしょう。まぁ、連中が人間より数百年も進んだ科学技術を持っていたとしても、結局は1つの有機生命体でしかなく、本質は僕達と大きく変わらないのかもしれません。

高等なものが下等なものを冒涜してもよい、という考え方が全宇宙の知性ある存在にとって共通なのだとしたら、例え地球を飛び出したとしても、人類の社会に新たな発展は望めなさそうです。

地球外知的生命体から、超技術の供与を求めたというアイゼンハワーは、現在のアメリカや西側同盟国を、より良い場所に変えたでしょうか?

その答えは、僕らより純粋な視線を持った、アマゾンの半魚人に聞いてみないと分からないのでしょう・・・

それではまたっ!

参照元
The New York Times
USA TODAY

〔広告〕

ズレ太

Author: ズレ太

いろんな事がズレまくってるズレ太です。 でも、意外とまじめですよっ! (記事の中で引用している映画批評は、米国の電子版メディアから抽出しての大意翻訳です。)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。