幻惑の森に溶けるキルスティン・ダンスト:映画「Woodshock」について

人は皆、苦痛を抱え彷徨える魂

神様、あるいは、超古代に地球を訪れたエイリアンの手によって、人類には知性が与えられました。

しかし、知恵がつくという事は、生きている限り悩みや苦しみがつきないという、宿命も背負わされたようなものです。絶対に変える事ができないと分かっている事実にさえ、人の知性は解決を求め、終わりのない苦悩にさいなまれるのです。

そして神は、そんな人間を苦しみからひと時だけ救うために、例えば、酒とかタバコ、ギャンブルやドラッグといった癒しも用意してくれました。

でも、たった一時の救いは、問題の影響をただ大きく広げるだけです・・・

さて、今回ご紹介する映画は、ファッションブランドの‘ロダルテ’を主宰する、マリービー姉妹が、脚本と監督を務めたという話題の一本。

そして、キルスティン・ダンストが、逃れようもない罪悪感の苦しみから、破滅的な癒しに手を出してしまう女性を演じているという、なかなか刺激的なストーリーなのだそうです。

あらすじ

今、娘、テリーサ(キルスティン・ダンスト)は、母親(スーザン・トレイラー)の臨終の床に寄り添っています。

母が娘に最後に求めたもの、それは尊厳ある死を迎えるための手助けでした。

実は、テリーサにはその術が有ります。彼女は、医療用のマリワナ等を扱う店の従業員なのです。母親の強い意志を確認した後、テリーサは人巻きのマリワナに、何か透明な液体を添加して与えます。

そうして、母親の静かな最後をみとったテリーサでしたが、別れの後も彼女の心は罪悪感と悲しみにさいなまれ続けます。その苦しみは、お互いの間に隙間風が吹いている恋人、ニック(ジョー・コール)が癒してくれるものでもありません。

そんなある日、職場の上司キース(ピルウ・アスベック)と共に、とある患者の安楽死を助ける仕事についた時、テリーサ達は大きな事故を起こしてしまいました。

これをきっかけにして、すでに塞ぎ切っていた彼女の心は限界を超えてしまいます。そして彼女が手を伸ばしたのは、母親に最後に渡したあの薬。毒性とともに強い幻覚作用もある、透明な液状のドラッグでした。

マリワナと合わせてそれを吸い込む事が習慣となってゆくテリーサ。しかしそれは、彼女の心の病をさらに深く深刻な状態に追いやろうとします。

悲哀に苦しむ現実と、深い森を彷徨うような幻覚の間を行き来するテリーサは、いったい、何を見るのでしょうか・・・?

キャスト&スタッフ

  • 監督:
    • ローラ・マリービー
    • ケイト・マリービー
  • 脚本:
    • ローラ・マリービー
    • ケイト・マリービー
  • 制作:
    • キルスティン・ダンスト
    • K・K・バレット
    • マイケル・コスティガン
    • ケン・カオ…他
  • 出演:
    • キルスティン・ダンスト
    • ジョー・コール
    • ピルウ・アスベック
    • ステファン・デュバル
    • スーザン・トレイラー…他

悲哀と幻想を込めたストーリー、気になるその評価は?

多分、適切な人が見せる悲しみと苦痛の表情は、一つの美として捉える事も許されるものです。

でも、それを表現するのは本当に選ばれた人だけ、という事になりますが、個人的な好みを含めて言えば、キルスティン・ダンストは、その選定試験を合格するに十分すぎる力量の持主でしょう。

彼女なら、画面上の美観もムードも、充分に支えられるはずです。

ファッション業界から映画の世界に(良い意味で)はみ出てきたような本作には、おシャレ界からの注目度も高そうですが、それでいて、このストーリーの本質的テーマは、画面を飾る数々の衣装の存在よりもディープであり、むしろ、洋服好きの人々を遠ざけてしまうものかもしれません。

そんな本作について、まず、

「本作『Woodshock』が監督デビューであり、ファッションブランド、ロダルテも主宰するローラ・マリービーとケイト・マリービー姉妹の影響は、本作のあらゆる部分で見て取れるものだ。そしてそれは、ダン・フレイヴィンによる鮮やかながら最小限にとどめた照明などの要素を、プロダクションデザイナーのK・K・バレットが、巧みに組み合わせて構築したものである。この映画が、ただ姉妹の好みを見せるためだけのものだとしたら、たやすく消されてしまう一作かもしれないし、浅はかなファッション業界に異論があるという観客は、元より見ようともしない事だろう。とは言え、マリービー姉妹が、典型的な筋書き立てに関心を持っておらず、それ故生まれる難しさを克服するために、古くから作られてきた実験映画の習わしに流れていたとしても、ここで‘何か’を描こうとした事だけは事実である。(TheWrap)」

、といった批評が書かれています。

映画製作デビューという事なら、誰でも自分が一番得意とするものにトライすると思います。なので、マリービーさんたちが映像の表現美に傾いた映画を作るのは自然な話と言えます。

さて、本作の見栄えについては、他に、

「ロダルテのオーナーであるマリービー姉妹が、独特の、印象的かつ多彩な飾り付けをスクリーン上に展開したのは、本作の良い点になっている。この映画は、2人が創り出す内でも最も目を見張るガウンのごとく、大いに見栄えのするものだ。しかし、この映画が持つ、自分の替わりに他の誰かが徐々にドラッグにはまる姿を見て楽しむ、という趣向は、比較的早く色あせてしまうだろう。代わりに、誰かに見せる意思が薄くスローに展開するだけの、難解なドラッグ系ムービーの成り立ちだけが、そこで展開される事になってしまう。配給会社の‘A24’は、この映画が持つ魅力的でカルト的な外観を、公開前にもっと宣伝しても良かっただろうが、とは言うものの本作は、劇場上映よりもナイトクラブのBGVとしての方が、より魅惑的に映るものでもある。(Variety)」

、という評論や、別の所では、

「本作で主演のキルスティン・ダンストは、時として、一人の人物ではなく映像的なモチーフのように振る舞いながら、監督達の好みを表すように演じ切っている。ここで、死に顔のように見える彼女の表情は、完璧な‘ロダルテのミューズ’と呼ぶべき存在でもあり、彼女の持つ広範囲に及ぶ表現力は、絶望と狂気の中で力尽き行く魂を描写する事に集中されるのだ。マリービー姉妹が、ここで示した光、模様、色、ムード、音、そして空間についてのしっかりした描写手法を継続するなら、2人は映画作りを続けられる事だろう。そして、その物語性が森を抜け出て力強い感情性へと姿を変るとするなら、本作『Woodshock』は明瞭に語り掛けてくる映画と成り得たはずなのだ。(TheWrap)」

、などと評されており、ロダルテブランドのオーナー姉妹に興味を寄せる観客層にも、この映画ならば、ある程度刺激的な映像表現を提供しそうに思えます。

気になる衣装の事は忘れるとして、タイトルも含めた作品の中でフィーチャーされている大きな要素の一つが、古代から息づくカリフォルニアの巨大な森林です。

そんな大自然の中へ、自分の内面を翻弄する幻想とともに溶け込んで行くキルスティン・ダンストは、やっぱり魅惑的な事は確か。

その主演女優とともに、巨大な古木をどう画面におさめるかというのも、映像作り的には面白い部分ではないでしょうか。

さて、そんな本作の評価、最後に、

「野心的な撮影監督、ピーター・フリンケンバーグは、きらきらと水の中を思わせるソフトフォーカスや二重露光を通して、破片となって互いに衝突しあい変容して行く現実性と、明らかな幻想の様相を巧みに描写して見せる。しかし、この映画の持つ薄いストーリー内で描かれる人間には生命観は乏しい。従って、その、極めて断片的かつ印象主義的にも感じるフィナーレでは、品位を求めたはずの作り込み方も、魅惑的と言うより不愉快感へと移行してしまうのだ。キルスティン・ダンストは、取り返しがつかない程こじらした心の病を、作風に活かす演じ方を知っている役者ではある、とは言え、ここで監督・脚本のマリービー姉妹が彼女に与えたものは、あまりにも感情的に複雑で、理知的すぎる演技素材だとも言えるだろう。(Variety)」

、という評論もみられました。

ともすれば、マリービー姉妹がファッションビジネスで集めたマネーを投じて作った、金持ちの趣味映画とも思われそうな一本ですが、全体の評価を読んでみると、ストーリーや描写に個性的なセンスが活かされている、まとまった映画作品なのかな、と感じさせます。

強烈な悲哀が産み出す何か…

強い悲しみや罪悪感は、どう置いておいても、ヒトに対しては破滅的なパワーだけを発揮するものです。また、副産物として発生する、怒りとか不安、狂暴性などへと連鎖してゆくパターンもあるでしょう。

ただ、そのパターンの中に、一種の自愛的なメランコリズムみたいなものが感じられるのも事実で、この映画「Woodshock」を動かしているのも、そういう感情性なのかもしれません。

この映画のように、危険なドラッグを使って幻惑の世界を体験しなくても、強烈な負の感情自体に、ある種類のインスピレーションを与える力があると思います。

人は、派手に転んで痛い目にあった時、何かを発想する事も多いですからね。

ハイセンスなファッションを展開するローラ・マリービーとケイト・マリービー姉妹は、独特のメランコリズムを、この「Woodshock」の映像美として昇華させたのでしょう。

強い個性が有る作品だとは思いますが、現在(2017年10月初め)の段階では、とても限られた場所でしか上映されておらず、もちろん、日本公開の予定もありません。

日本でだったら、またそれなりの売り込み方ができそうな、そんな一作だとは思うのですが、いかがなものでしょうか?

それでは、またっ!

参照元
TheWrap
Variety

ズレ太

Author: ズレ太

いろんな事がズレまくってるズレ太です。 でも、意外とまじめですよっ! (記事の中で引用している映画批評は、米国の電子版メディアから抽出しての大意翻訳です。)

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