神の光は地のめぐみを通じてあたえられん:映画「All Saints」について

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信じなければ地獄行き、というのではちょっと困ります

大抵の宗教というのは、超自然的な奇跡を起こしたとされる何かが、その信仰の対象となっていますよね。

信仰心のある人は、天の雲の上に居るとされる存在を全身全霊で信じぬく事で、いつの日か自分の身にも同じ奇跡がもたらされると期待する訳です。

当然、真摯な信仰心は、その人の心にとって大きな糧となる事は確か。だとしても、現実の生活の中にある深刻な問題の方に、直接的な答えをまったく与えないというのでは、やっぱり、信仰されるものとしての存在感が薄くもなります。

本来なら、多くの人に与えている教えの中に、心と物質、両面の折り合いのつけ方も語ってくれるべきだと思います。

そんな意味でいくと、ここでご紹介するキリスト教系の映画、「All Saints」では、大赤字でつぶれそうな教会を受け持った牧師が、その苦境に立ち向かい、教会ばかりか他の多くの困窮する人達も同時に救済したという、実際に起こった本物の軌跡を描いているのだそうです。

あらすじ

テネシー州の地方都市、スマーナ郊外に建てられた教会、「オールセインツ」。

今、この教会に赴任してきたのが、最近までニューヨークで営業マンをしていた新人牧師、マイケル・スパーロック(ジョン・コーベット)。

妻のエイミー(カーラ・ブオノ)、息子のアティカス(マイルズ・ムーア)らと、実際にこの地に来てみて分かったのは、この教会がそうとう寂れているという事実。礼拝に集まる人も数える程しかいませんし、そればかりか、財政的にも大赤字の状態です。

おそらく、マイケルは、この教会の財産を処分して閉鎖し、土地も売却して、この借金の穴埋めにしなければいけなさそうです。

そんな時、さびれた教会に見慣れぬ異邦人がやってきます。彼らは、恐ろしい内戦から逃れて合衆国へ移住した、イー(ネルソン・リー)をリーダーとするビルマ人のグループ。戦禍は逃れたと言っても、彼らのアメリカでの生活にはまた厳しいものがあるようです。

困った人々を助けてやりたいのは山々ですが、マイケルの教会にはその力がありません。どうしたものかと考えている時、彼に突然のインスピレーションが下りてきます。

難民の人々、そして地元の人々と手を取り合って、教会の敷地内に農場を作ろう。その野菜を人々に分け与え、さらにその売り上げで借金も返済すればよい。

これはまさに神の啓示です。今、ビルマ人達や、地元の保守的な人々も巻き込んで、マイケルの大きな挑戦が開始されました。

果たして彼は、およそ不可能と思える教会の立て直しと、難民の救済という大仕事を、本当に同時にやり遂げることができるのでしょうか?

キャスト&スタッフ

  • 監督:
    • スティーブ・ゴーマー
  • 脚本:
    • スティーブ・アーマー
  • 制作:
    • マーク・ビエンストック
    • マーサ・チャン
    • スティーブ・ゴーマー…他
  • 出演:
    • ジョン・コーベット
    • ネルソン・リー
    • カーラ・ブオノ
    • マイルズ・ムーア
    • グレゴリー・アラン・ウィリアムズ…他

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教会がいかに人々を救えるかを示す実話映画、気になるその評価は?

実際のところ、社会・経済・文化・宗教の全てが、信じるパワーによって成立しているのが、人間の住む世界です。

物や金の価値や、優劣や美の基準も、大多数の人がそれが正しいと考えているから認められ、今の世界を動かす原動力になっている訳ですね。もし、人類の過半数がそれに不信任を表明したら、またたくまに世界の仕組みは崩壊するでしょう。

逆に考えると、各種の古典宗教というのは、今より情報が乏しく暗く混とんとしていた時代に、人類が安定した社会を発展させる方法を説いていた、一つの正しい教えだったのかもしれません。

しかし、イエスが生誕してから2千年以上が経過した今となっては、人間が欲しがる幸福というものも様変わりして、古くから人々を導いてきた宗教の教典も、その働きかけ方を変化させる必要に迫られているのも確かでしょう。

この映画も、そんな現代にキリスト教が示せる、一つのパワーを描いたもののように感じさせますが、

「本作、『All Saints』は、(見た目は)いつも通りの感動実話と思わせるものだ、とは言え、それを理由に毛嫌いするのも誤まりである。監督のスティーブ・ゴーマーが巧みにまとめ上げたこの実話ストーリーは、感動を押し売りなどしなくても十分に訴えかけるものだ。更に、そこでは甘いムードもほとんど抑制されていて、もっと驚かされるのは、それが想定通りの話に進んで行かないという点だろう。そして、その要素に最も貢献したと言えるのは、中心に立つ牧師を演じた、ジョン・コーベットだ。スティーブ・アーマーによるこの硬い脚本の中で、コーベットは、無我の献身と大きすぎる自分への信頼の間という、微妙なラインをうまく演じてみせている。(Variety)」

、と、一つの映画作品としても見られそうな評価を得ています。また、別のところでも、

「信仰ベースの映画の屋台骨は、それが実話であるという点に有るものだ。そして通常は、奇跡の治癒とか、ジーサスのヴィジョンを見るなどが描かれる事となる。とは言え、このジャンルの製作者達も、ストーリーの属性や、現代のキリスト教を包括的に示す語り口などを、工夫し続けてもいるのだ。そして、この『All Saints』の話は、上記の物すべてをうまく取り入れていると言えるだろう。(Los Angeles Times)」

、なんて事が書かれていました。

まぁ、キリスト教も仏教もイスラム教も、組織や宗派は数えきれない程あるでしょうから、それぞれに違う奇跡を売り物にしているかもしれません。

ただ、超自然の存在だけを吹聴していても、周囲とのギャップが大きくなり過ぎ、コミュニティとしての存在の方が危うくなりそうです。本作を含めた最近のキリスト教系の映画は、そういったギャップをうまく乗り越えるツールとして、成り立ってきているのかもしれません。

この「All Saints」には、

「この映画は、格別に聖書の文言に拘らず、その代わりにコミュニティの問題を語る、信仰と宗教の問題の扱いが光る一作でもある。助けを求める人々が教会へとすがるのは、祈りをささげて欲しいのではなく、他の人々とつながりたいからなのだ。そこに聖書からの引用がいくつか見られるとしても、この映画は、教会の目的が、異なる人種の人々を一つに束ね、共同の努力により救済をもたらす事だと語り掛けてくる。ただ、映画的な作りについて言えば、格別な点は見られないと言うべきだろう。上下動の激しすぎる脚本は、スクリーンに表れている感情性と共に足元を踏み外したとさえ感じさせる時もある。そして、クライマックスの数分間は、映画的な必要性だけにより、特に盛り上がるよう設定されただろう。(Los Angeles Times)」

、という評価です。

言い忘れていましたが、本作の撮影は、テネシー州に実存するチャーチ”All Saints”で行われ、その実際の信徒である多くの人達も参加して行われたそうです。

という訳で、21世紀的信仰の、一つのあり方が語られているという印象の本作には、

「この監督と脚本のコンビが、教会の信者たちとビルマ系移民の一団が共同で農地を作る過程に、サスペンス的なムードを織り込んだ事も、評価されるべき部分だろう。また、ビルマ人との生活に土地の人間が誰も疑念を表明しないのはおかしい、と指摘する批判家も居るだろう。しかし、この製作者達は、実話であるこの物語が感銘を与え得るという事、そして同時に、信じがたい出来事だったという事を、繰り返しうまく我々に伝えてくるのである。(Variety)」

、という、フェアな評価が聞かれるようです。

もう一度、信じよう・・・

現実の諸問題に対しては、理知的な思考による判断を用いて、常に適切に対処さえしていれば解決するものだと思います。

でも、僕ズレ太みたいなのは、その「適切な方向」から必ずズレた方へと進んでしまうのです。だから、やはり救われないんですね^^。

正直、そんな僕には、やはり何かの導きが必要だという気もします。何も特別な奇跡とかじゃなく、いたって普通のめぐり合いと、必要な程度の成功が欲しいだけなんですけどね。

あと、自分が真に信じられる何かと出合うというのも、難しい問題です。人に押し付けられたのでは、信仰心にはなり得ませんから・・・

皆さんの中には、「これを信じたから何かを得た」という体験をお持ちの方、いらっしゃいますでしょうか? よければ、それがどんな体験だったか、簡単に教えていただけると嬉しいです。

それではまたっ!

参照元
Variety
Los Angeles Times

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ズレ太

Author: ズレ太

いろんな事がズレまくってるズレ太です。 でも、意外とまじめですよっ! (記事の中で引用している映画批評は、米国の電子版メディアから抽出しての大意翻訳です。)

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